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2026.07.31

Space BD永崎将利さんに聞く、宇宙ビジネスとこれからのキャリア(第3回)【連載】学生が聞く、宇宙のリアル

皆さん、こんにちは。JMP(JapanStep Media Project)プロデューサーの長谷川浩和です。宇宙に関心を持つ学生が業界のキーパーソンに率直な疑問をぶつける連載「学生が聞く、宇宙のリアル」。第2回では、宇宙産業で働くことのリアルをテーマに、理系・文系を越えた協働や、技術と事業をつなぐことの重要性について伺いました。

いよいよ本対談は最終回です。永崎さんはなぜ宇宙ビジネスに挑むことを選んだのか、そして、進路や将来を模索する学生世代に向けて、永崎さんはどのような言葉を語ってくださったのでしょうか。さらに、10年後のSpace BDが目指す姿についても伺いました。宇宙ビジネスの話から、これからの進路やキャリアの考え方へ。学生ならではのまっすぐな問いから生まれた対話を、ぜひご覧ください。(文=JMPプロデューサー 長谷川浩和)

今回のインタビューを担当したのは

宇宙広報団体「TELSTAR」元代表
東京都立大学 システムデザイン学部 航空宇宙システム工学科
高瀬 知音 さん

宇宙広報団体「TELSTAR(テルスター)」とは

宇宙に関心を持つ学生たちが中心となり、同世代や次世代に向けて宇宙の魅力と可能性を発信する宇宙広報団体。マガジン制作やイベント活動などを通じて、宇宙をより身近に感じる機会を届けている。JMP(JapanStep Media Project)の後援パートナーとしても参画している。

Space BD株式会社 代表取締役社長
永崎 将利さん
(写真右)

1980年、福岡県北九州市生まれ。早稲田大学教育学部卒業後、三井物産に入社し、人事、鉄鋼貿易、鉄鉱石資源開発などを担当。2013年に独立し、教育事業の立ち上げを経て、2017年に宇宙ビジネス領域でSpace BDを創業。衛星打上げサービスやISS利用サービスなどを通じて、宇宙の商業利用を切り拓く。「宇宙産業を、日本を代表する一大産業にする」という志のもと、国内外の企業・研究機関をつなぎ、宇宙産業の事業開発に取り組んでいる。永崎さんの原点に迫るインタビューは、『JapanStep』の連載「社長の原点」でも掲載している。

宇宙を選んだ原点は、挑戦を支える社会

高瀬 第1回第2回を通じて、宇宙商社の役割や、宇宙産業で働くことについて伺ってきました。ここからは、永崎さんご自身のキャリアについてお聞きしたいです。永崎さんは、もともと宇宙が好きで、この世界に入られたのでしょうか。

永崎 出発点は、宇宙への憧れではありませんでした。子どものころから宇宙を目指していたというより、私にはまず、つくりたい社会のイメージがありました。

高瀬 宇宙そのものへの憧れよりも、社会への問題意識が先にあったのですね。

永崎 そうです。人が自身の可能性を信じて一歩踏み出す社会、そうやって一生懸命に挑戦している人を、応援し合うできる社会にしたい。その思いが原点にあります。三井物産を辞めた後、最初は教育事業に取り組んでいました。中学生と一緒に人生について考えるような活動です。教育には大きな意味があると思っていましたし、今でもその思いは変わっていません。ただ、そのときにお世話になっていた方から、「教育事業の意義は大きい。ただ、より大きな形で社会に影響を与えることを考えるなら、日本から世界に挑戦する経営者になり、その立場で同じことを語る道もあるのではないか」と助言をいただいたんです。

高瀬 その言葉が、宇宙ビジネスに向かうきっかけになったのでしょうか。

永崎 大きかったですね。そこから、日本から世界に挑戦できる新しい産業は何かを探し始めました。その中で出会ったのが宇宙でした。当時、日本には宇宙ベンチャーが今ほど多くありませんでした。調べれば調べるほど、決まった答えがない領域だと分かってきました。けれど、日本には高い技術がある。産業としては黎明期で、難易度も高い。そこに強く惹かれました。

高瀬 「好きだから宇宙へ」というより、「挑戦するに値する領域」として宇宙を選ばれたのですね。

永崎 その通りです。こうすれば勝てる、こう進めればうまくいくという道筋が見えている領域は、すでに誰かがやっている可能性が高い。私は、自分の人生をかけて道を切り拓くなら、まだ答えのない領域に行きたかった。その先にあったのが、宇宙ビジネスでした。

悔しさを、前に進む力に変える

高瀬 永崎さんのお話を伺っていると、大きな決断を重ねてこられたことを感じます。教育事業から宇宙ビジネスへと方向を変え、新しい産業に飛び込むのは、簡単なことではないと思います。その決断を支えていたものは、何だったのでしょうか。

永崎 整った言葉で言えば、挑戦心なのかもしれません。ただ、もっと正直に言えば、悔しさが大きかったと思います。

高瀬 悔しさ、ですか。

永崎 はい。三井物産を辞めてからの数年間は、思うようにいかないことが続きました。「ナガサキ・アンド・カンパニ―」の名刺を差し出して、社名見て一気に興味を失われるケースは数知れずでしたし、経済的にも苦しく、好きなお酒を控えざるを得ない時期もありました。自分がやっていることに意味があるはずだと思っていても、なかなか形にならない。そうした悔しさが、自分の中に積み重なっていきました。

高瀬 その悔しさが、前に進む力になったのですね。

永崎 そうです。自分で決めてお世話になった会社を辞めた以上、簡単に組織に戻るわけにはいかないという思いは強く、大きな成果を出すのか、どこかで区切りをつけるのか。そのくらいの感覚でした。だからこそ、宇宙という難しい領域に出会ったときに、ここで勝負しようと思えたのだと思います。

高瀬 最初から明確な勝ち筋があったわけではなかったのでしょうか。

永崎 ありませんでした。むしろ、勝ち筋が明確に見える領域であれば、すでに誰かが取り組んでいる可能性が高い。宇宙ビジネスを調べても、当時は分からないことだらけでした。事業計画をきれいに書けるような状況ではなかった。だからこそ、単一の技術や一つのサービスに賭けるのではなく、産業全体を見ながら、どこで役に立てるのかを考えました。

高瀬 そこから「宇宙商社®」という考え方につながっていくのですね。

永崎 そうですね。宇宙産業の中で情報が集まり、多様なプレイヤーをつなぎ、必要なところに必要な機能を提供する。最初からすべてを持っていたわけではありません。必要なものは、その都度取りに行く。その積み重ねで、少しずつ事業をつくってきました。

高瀬 計画通りに進めるというより、目の前の課題に向き合いながら道をつくってきたということですね。

永崎 まさにそうです。新しい産業では、最初から道筋が見えているわけではありません。だからこそ、目の前の課題に向き合いながら、一つずつ道をつくっていく必要があります。

やりたいことが見えなくても、焦らなくていい

高瀬 ここからは、学生の立場として伺いたいです。宇宙系の学生団体にいると、若いうちから明確なビジョンを持っている人が多いと感じます。将来はこの研究をしたい、この会社に入りたい、宇宙産業でこういう仕事をしたいと、はっきり語れる人もいます。一方で、私は「航空宇宙ってかっこいいな」という素直な気持ちから、この分野に入りました。だからこそ、周囲との温度差に戸惑うこともありました。

永崎 その感覚は、決して特別なものではないと思います。まず伝えたいのは、焦らなくていいということです。

高瀬 焦らなくていい、ですか。

永崎 はい。私自身、自分が本当にやりたいことを見つけたのは36歳のころです。それまでは、自分が何をしたいのかを考え続けていました。大学に行く理由も明確だったわけではありませんし、商社に入ったのも、自分の可能性を広く残しておきたいという気持ちがあったのだと思います。

高瀬 20歳前後で、やりたいことを明確に決められなくてもよいということでしょうか。

永崎 むしろ、20歳の時点で想像できることは、どうしてもその時点の経験や視野の中に収まりやすいのだと思います。その時点で見えている世界だけで、一生の道を決めようとするのは、かなり難しい。もちろん、早くから夢や目標がある人は素晴らしいです。ただ、そうではないからといって、焦る必要はありません。

高瀬 私は、行き当たりばったりという言葉に少しネガティブな印象を持っていました。でも、永崎さんのお話を聞いていると、それだけではないのかもしれないと思いました。

永崎 行き当たりばったりという言葉は、一般的にはあまり良い意味で使われません。ただ、予定通りに進まない人生を、必要以上に否定しなくてもよいと思っています。頭で考えて、すべてを計画通りに進めるだけでは、思いもよらない出会いや感動にはつながりにくい。心が動くこと、なぜか気になること、説明しきれないけれど惹かれるものを大切にしていく方が、結果的に、自分でも想像していなかった道につながることがあります。

高瀬 頭で整理することも大切ですが、心が動く感覚も大切にしてよいのですね。

永崎 そうです。理屈だけでは、人は動きません。縁や出会いも、頭で計算してつくれるものではない。だからこそ、少しでも心が動いたものを大切にした方がいい。やりたいことが分からない時期は、無理に答えを出すよりも、自分の心がどこに反応するのかを見ていく時間なのだと思います。

説明できない「好き」が、道をつくる

高瀬 若い世代に向けて、永崎さんが特に伝えたいことはありますか。

永崎 一つ挙げるなら、しらけないでほしい、ということです。皮肉っぽく構えすぎず、批評する側に回りすぎないでほしい。

高瀬 「しらけないでほしい」という言葉は、とても印象的です。

永崎 今は、何かを発信すれば、すぐに批判にさらされることがあります。だから、発言する前に周りを見て、できるだけ批判されにくい言葉を選ぼうとする人も多い。でも、それだけでは自分の人生を生きている感覚が薄れてしまうのではないかと思います。

高瀬 自分の本音よりも、周りからどう見られるかを先に考えてしまうということですね。

永崎 そうです。もちろん、他者への配慮は大切です。ただ、自分が本当に「楽しい」「憧れる」「かっこいい」と感じたものまで抑え込む必要はありません。そういう説明しにくい感情は、とても大事です。

高瀬 説明しにくいものを大切にする、ということですね。

永崎 はい。今は、何でも説明可能でなければいけないという空気があります。なぜそれをやりたいのか、なぜそれが好きなのか、どんな意味があるのか。もちろん、言葉にする努力は必要です。でも、最初からすべてを説明できなくてもいい。「なんとなく好き」「なぜか気になる」という感覚が、後から大きな意味を持つこともあります。

高瀬 学生としても、進路を考えるときに「なぜそれを選ぶのか」と説明できなければいけないように感じることがあります。

永崎 そうですよね。でも、周囲の人は助言をくれますが、その選択を引き受けて生きるのは自分自身です。だからこそ、自分が後悔しない選択をすることが大切です。自分で決めたから、結果がどうであれ引き受けられる。そう思える選択をすることが大事です。

高瀬 説明できる正解を探すより、自分が納得できる選択をすることが大切なのですね。

永崎 そうです。自分の人生を小さくまとめなくていい。人に説明しやすい自分をつくろうとしすぎると、自分の本音から離れてしまうことがあります。若い世代には、自分の中にある熱や違和感を、できるだけ大事にしてほしいですね。

主役ではなく、挑戦の土台になる

高瀬 最後に、10年後のSpace BDについて伺いたいです。Space BDさんは、10年後にどのような会社になっていたいと考えていますか。

永崎 10年後で言えば、宇宙産業の中で「この会社がいないと困る」と言われる状態をつくっていたいですね。

高瀬 「いないと困る会社」ですか。

永崎 はい。例えば、宇宙空間へ、より安く、早く、安全にものを運ぶ。そのためのサプライチェーンの中で、Space BDが不可欠な存在になっている状態です。衛星打ち上げに関わる領域かもしれませんし、打ち上げに必要なハードウェアかもしれません。地上輸送も含め、宇宙へつながる流れの中で、Space BDがいないと困ると言われる会社でありたい。

高瀬 宇宙産業の主役になるというより、産業を支える存在を目指すということでしょうか。

永崎 そうです。私たちは、黒子でよいと考えています。主役は、ものをつくる人、ロケットメーカー、衛星メーカー、宇宙飛行士の方々。Space BDは、産業の土台をつくるうえで必要なものを提供し、未整備の領域を支えながら貢献する存在でありたいんです。

高瀬 その土台があるから、さまざまな人や企業が宇宙に挑戦できるということですね。

永崎 まさにそうです。私たちが産業全体に役立つことで、結果として産業の成長とともに成長できる会社でありたい。一般の方々から見れば、何をしている会社なのか分かりにくいかもしれません。でも、業界の中では「あの会社があるから助かる」「Space BDがいるから挑戦できる」と思っていただける。そういう会社が理想です。

高瀬 宇宙といえばSpace BDがあるよね、という存在になることですね。

永崎 そうですね。一言で説明するのは難しいけれど、業界の人たちから頼りにされている。働く人に前向きな空気があり、産業のインフラとして信頼されている。そういう会社をつくっていきたいです。

高瀬 10年後、私自身が宇宙産業のどこかに関わっていたら、とても興味深いです。

永崎 それは、とても良いですね。そのときには、今日とは違う立場で、また宇宙について話せるはずです。またお会いしましょう。

取材を終えて

SpaceStepの新連載「学生が聞く、宇宙のリアル」を始めるにあたり、学生の方にインタビュアーとしてご参加いただくことで、どのような対話が生まれるのか、私自身とても楽しみにしていました。

高瀬さんは、大学で航空宇宙を学び、宇宙広報団体「TELSTAR」でも活動されてきました。一方で、これからの進路やキャリアについて考えを深めていく時期でもあります。今回の対談では、宇宙ビジネスや産業の話だけでなく、キャリアや進路の考え方に関する話題が多く出てきたことが、とても印象的でした。

取材中の高瀬さんは、終始笑顔で、楽しそうに永崎さんへ質問を投げかけていました。そのまっすぐな問いに対して、永崎さんも一つひとつ真摯に、そして熱量を持って答えてくださいました。お二人のやり取りをそばで見ながら、この企画ならではの対話が生まれていることを実感しました。

今回の対談を通じて感じたのは、宇宙ビジネスは「産業」の話であると同時に、そこに関わろうとする一人ひとりの進路や意思決定の話でもあるということです。事業をつくる人がいて、将来を模索する学生がいる。その接点に、今回の対話の面白さがありました。

10年後、高瀬さんが宇宙産業のどこかで活躍され、永崎さんとまた違う形で対談する日が来るかもしれません。今回の対談を出発点に、本連載が、これから宇宙に関心を持つ学生や次世代の皆さんにとって、自分なりの一歩を考えるきっかけになればうれしく思います。(文=JMPプロデューサー 長谷川浩和)

取材後、Space BDの皆さん、高瀬知音さん、JMP関係者で記念撮影。この日の対話が、10年後にどのような景色につながっているのか。再会の日を楽しみにしたいと思います。