「2029」。取材の日、古谷文平さんと小松聖児さんが着ていたシャツには、その数字が大きく記されていた。一般社団法人スペースポート高知が、高知から宇宙へ到達するロケットの初打上げを目指す年である。これまで4回にわたり、構想の原点から実現可能性の検証、地域企業や学生の動きまでを追ってきた。なぜ2029年なのか。そして、その一機の先に、どんな高知を描いているのか。最終回では、二人がその先に見据える未来を聞いた。(聞き手・文=JMP総合プロデューサー長谷川浩和)
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お話を伺ったのは

一般社団法人スペースポート高知 代表理事
古谷 文平さん(写真左)
高知県出身。大学・大学院でアフリカの政治経済を学び、卒業後は豊田通商に入社。約10年間、アフリカ関連の事業に携わる。2019年に高知へ戻り、家業のホテル経営に参画。人口減少や若者の県外流出など、高知の将来を考える中でスペースポート構想を提唱。2025年2月に一般社団法人スペースポート高知を設立し、代表理事に就任した。
一般社団法人スペースポート高知 理事
小松 聖児さん(写真右)
高知県出身。幼少期から宇宙に関心を持ち、米国ユタ大学、大阪大学大学院を経て三菱電機に入社。人工衛星の通信システム開発に携わった後、宇宙スタートアップのispace、ニュージーランドのRocket Labへと移り、人工衛星の通信システム開発を中心に、宇宙開発の実務経験を重ねる。海外の打上げ現場で得た知見を生かし、古谷さんとともにスペースポート高知の構想を推進している。
スペースポート高知は、2029年に高知から宇宙へ到達するロケットの初打上げを目標に掲げている。
現在、高知県では候補地や事業性、地域との調整など、実現可能性の検証が続いている。その段階で、あえて具体的な年を掲げる理由について、小松さんは「世界と競うための時間軸」だと説明する。
「2029年という数字は、世界のスピードから逆算して置いています。Rocket Labにいたときも、ロケットがどのくらいの期間で開発され、その前段階でどんな準備が必要なのかを見てきました。世界の中で競争していくのであれば、これくらいの時間軸で動く必要があると考えています」(小松さん)
ロケットの開発と並行して、射場側にも設備、安全性、地域との調整など、打上げを受け入れるための準備が必要になる。
一方で、二人は2029年までに巨大な宇宙港の完成形を一気につくろうとしているわけではない。古谷さんが重視するのは、必要な機能を見極めながら、実行できるものから先に動かすことだ。
「いきなり構想図に描いているようなものが全部できるとは考えていません。だからこそ、小さく、早くやることが大事です。こうした話は、検討に何年、設計に何年というように時間軸が先へ延びがちですが、高知の状況を見ていると、そこまで待ってはいられないという感覚があります」(古谷さん)

古谷さんがスピードを重視する背景には、ビジネス上の判断もある。
「こういうものは、ビジネスとしても早く動くことが大事だと思っています。ほかが先に動き始めて、『時すでに遅し』とならないようにしたい。早く動くことが、一つの参入障壁にもつながると考えています」(古谷さん)
2029年に打ち上げることだけが課題ではない。その後もスペースポートを運営し続けるには、事業として成立させる必要がある。
古谷さんも、スペースポートを事業として成立させる難しさを認識している。施設をつくった後も運営を続け、新たな設備や事業へ再投資していくには、継続的に収益を生み出す仕組みが欠かせない。
「スペースポートは、事業として簡単なものではないと思っています。しっかり収益を上げ、そこから再投資していかなければ続きません。事業のアイデアについては、宇宙業界とは違う分野の方からも多くの意見をいただいています」(古谷さん)
一方、小松さんが代表を務める株式会社BUNJI GATEでは、ロケット事業者との対話を通じて見えてきた射場やエンジン燃焼試験環境の不足を、新たな事業機会として捉えている。洋上からの打上げを想定したフロートについても、構想にとどめず、開発、運用、販売までを視野に、複数企業による共同研究体の組成を進めているという。
地域政策として必要性を訴えるだけでなく、民間の事業としてどう成立させるのか。その検討もすでに始まっている。
活動を進める中で、小松さんが意外に感じたのは、会員の関わり方だった。
「会員の皆さんが、この構想を自分事として捉えて、本当に真剣に取り組んでくださっている。それは、いい意味で驚いたことの一つでした」(小松さん)

政策提言づくりでも、専門性を持つ会員や地域の研究機関の力を借りた。その後も、技術ワーキンググループでは異なる領域の専門家が知見を持ち寄り、RaSKとの打上げ準備では学生や地域も加わった。
政策、技術、事業、金融、地域調整。完成した計画に協力者を集めるのではなく、構想の段階から必要な専門性を持つ人たちが議論に加わってきた。そうして集まった知見が、政策提言やワーキンググループ、学生ロケットなど、具体的な活動へつながってきた。
「ロケットの打上げ場をつくることが目的ではない」。古谷さんは、構想を立ち上げた当初から、そのことを企業や地域の人たちに繰り返し伝えてきた。古谷さんが目指すのは、スペースポートを呼び水に関連投資を呼び込み、新たな仕事や産業が生まれる高知につなげることだ。
第2回で紹介した「未来の話がない」という言葉について、古谷さんは今、当時とは違う手応えを感じている。構想を掲げてから、古谷さんの周囲では、これまでになかったテーマで人が集まり、高知のこれからについて話す機会が増えた。

勉強会後の懇親会には、県内企業や関係者らが参加。懇親会の参加率は高く、毎回大いに盛り上がるという
古谷さんが感じている変化は、施設や制度よりも、人々の会話の中にある。
「自然災害や社会課題に向き合うことは、もちろん大事です。ただ、そこに引っ張られて終わるのは、もったいないと思っています。この活動を始めて実感しているのは、いろいろな人と前を向いて、『これから何をやるか』という話ができるようになったことです。スペースポートができ、関連する投資が入り、街が変わっていくことも大事ですが、最終的には、高知が活力のある場所になっていてほしいと思っています」(古谷さん)
高知の未来像について小松さんに尋ねると、話は一気に200年、400年先へ進んだ。
「人が住む場所を変えると、そこで新しい文化や技術が生まれる。そのことを面白いと思っています。人が宇宙へ行き、月や火星で暮らすようになれば、そこでも今は想像できないものが生まれてくると思うんです」(小松さん)
小松さんが例に挙げたのは、高知と香川だった。距離の近い地域であっても、食文化は大きく異なる。さらに長い時間軸では、ヨーロッパから多くの人が渡ったアメリカにも目を向ける。数百年前に海を渡った人々が、その先にロケットやスマートフォンが生まれることまで想像していたわけではない、と小松さんは話す。
小松さんは、人類が地球の外へ生活圏を広げた先に、いまは想像できない文化や技術が生まれる可能性を見ている。

スペースポート高知が描く将来構想のCG(スペースポート高知資料より引用)
現在のスペースポート高知が向き合っているのは、もっと足元の課題だ。射場の候補地を探り、安全性や事業性を検証し、ロケット事業者と話し、地域との調整を重ねる。第4回で紹介した学生ロケットの打上げも、その一つである。
小松さんは、こうした日々の仕事を、さらに長い時間の中で捉えている。
「それが200年後なのか、400年後なのかは分かりません。でも、宇宙に生活圏が広がることで新しい文化や技術が生まれ、それが人の暮らしの豊かさにつながっていく。400年後の人が、なんとなくでも幸せを感じてくれたらいい。そう思って、今はこの活動を地道に続けています」(小松さん)
400年後という時間軸と、目の前の実務は、小松さんの中では切り離されていない。射場の条件を調べ、企業と話し、一機のロケットを飛ばす準備をする。その積み重ねの先に、人類が宇宙へ生活圏を広げる未来を見ている。
本連載で問い続けてきたのは、「高知は、宇宙港で変わるのか」ということだった。高知県による実現可能性の検証は現在も続いており、候補地、地域との調整、事業性、資金など、詰めるべき論点は残っている。現時点で、その答えを出すことはできない。
この連載で見てきたのは、宇宙港という施設の計画だけではなかった。二人が掲げた構想をきっかけに、行政が実現可能性の検証を始め、地域企業が自らの事業との接点を探り、学生が高知でロケットを飛ばそうとしている。
古谷さんが見ているのは、新しい投資や仕事が生まれ、人々が未来について前向きに語れる「活力のある高知」だ。小松さんは、そのはるか先に、人類の生活圏が宇宙へ広がり、新しい文化や技術が生まれる未来を見ている。二人が共有する最初の大きな目標が、2029年の初打上げだ。
2029年、高知から一機のロケットが宇宙へ届けば、大きな節目になる。しかし、その後にどんな企業が集まり、どんな仕事が生まれ、どんな人が育つのか。二人が考えるスペースポートの価値は、ロケットを打ち上げることだけではなく、その先にどんな変化を高知へ残せるかまで含んでいる。
「スペースポートをつくることがゴールではない」。
5回にわたって二人の挑戦を追ってきた最後に、この言葉が指しているものが、ようやく見えてきた。

今回の取材を終えて、何より強く感じたのは、「スペースポート高知」に懸ける古谷さん、小松さん、そして地域の皆さんの熱量でした。勉強会や懇親会で皆さんと話していると、その背景には、高知の将来に対する強い危機感と、この新しい挑戦に自分も何か貢献したいという思いがあることも伝わってきました。
スペースポート高知が、これからどこまで構想を形にしていけるのかは、まだ分かりません。ただ、勉強会や懇親会の場で、それぞれの立場からこの構想に関わろうとする皆さんの姿を実際に見られたことに、大きな意味を感じました。2027年1月に予定されているRaSKのロケット打上げも心から応援したいですし、SpaceStepとしても、取材と発信という私たちの役割を通じて、できる限り力になりたいと思っています。
また、古谷さん、小松さんと高知で日本の未来について熱く語り合えた時間は、JMPを推進する私自身にとっても大きなエネルギーになりました。この取材を一度きりのご縁で終わらせず、これからもお二人や高知の皆さんと、この挑戦の続きを追っていけたらと思います。(文=JMP総合プロデューサー 長谷川浩和)
