
皆さん、こんにちは。JMP(JapanStep Media Project)プロデューサーの長谷川浩和です。本連載では、宇宙メディアに関わるフロントランナーをゲストに迎え、宇宙産業の情報をどのように届ければ、社会やビジネスの関心につながっていくのかを考えていきます。
第2回のゲストは、宇宙メディア『SPACE Media』編集長の伊藤慶子さんです。医療、ヘルスケアビジネス、環境領域などで編集経験を重ね、2023年から宇宙メディアの編集に携わる伊藤さんは、宇宙を「テクノロジーを楽しめる場」と捉えています。その目には、いまの宇宙産業とメディアの役割はどう映っているのでしょうか。『SPACE Media』の編集方針、宇宙を伝える難しさ、そしてメディア同士の共創の可能性について伺いました。(文=JMPプロデューサー 長谷川浩和)
(第1回:『宙畑』中村編集長が語る、宇宙ビジネスとメディアの展望 も併せてご覧ください)
今回のゲスト

『SPACE Media』編集長 伊藤慶子さん(写真右)
大学卒業後、出版社に入社し、動物・獣医学専門誌の編集部でキャリアをスタート。医学系出版社を経て、ヘルスケアビジネスや環境・SDGs、ESG領域の雑誌企画を担当。専門知識とテクノロジーを掛け合わせ、社会課題の解決につなげるビジネスの面白さに触れる。2023年4月より『SPACE Media』を担当。非宇宙領域からの視点を活かし、宇宙産業のすそ野を広げる情報発信に取り組んでいる。
聞き手:JMPプロデューサー 長谷川浩和(写真左)
富山県高岡市生まれ、埼玉県大宮市(現さいたま市)育ち。2001年に日経BPへ入社し、ビジネス誌・技術専門誌の広告営業を担当。2008年2月にクロスアーキテクツを設立。B2B領域を中心に、メディアタイアップ制作、オウンドメディア制作、PR支援、イベントプロデュースなどを手掛ける。2023年よりメディアプロジェクト「JMP(JapanStep Media Project)」を展開。
長谷川 本日はありがとうございます。前回ご登場いただいた『宙畑』中村編集長からのご縁もあり、今回、伊藤さんにお話を伺えることを大変うれしく思います。この企画は、宇宙産業の情報をより広く届け、日本の新たな挑戦につなげていくには何が必要なのか。宇宙メディアに関わる方々と率直に語り合ってみたい、という思いからスタートした企画です。とはいえ、同じ宇宙メディアに関わるお立場の方にお引き受けいただけるのか、正直なところ不安もありました。ご快諾いただき、ありがとうございます。
伊藤 こちらこそ、お声がけいただきありがとうございます。最初にお話をいただいた時は、正直に言えば少し驚きました。私は大学卒業後、長く出版業界で仕事をしてきました。従来の出版業界の感覚でいえば、同じ領域のメディア同士が対談する機会は、決して多くなかったと思います。
長谷川 そうですよね。それでも今回、取材を受けていただいた理由は何だったのでしょうか?
伊藤 思い込みで機会を閉ざしてしまうのは違うんじゃないかなと思ったんです。お互いに話をして、何ができるかを考える方が、きっと有意義だろうと思いました。それに、宇宙メディアは決して多いとは言えませんから、一緒に盛り上げていきたいという気持ちもありました。また、『SpaceStep』がどのようなお考えでメディア運営やコンテンツづくりをしているのか、個人的にも興味があったんです。ちなみに『SpaceStep』を初めて拝見した印象としては「ちょっと手強いメディアが出てきたな」と思っていましたよ(笑)

長谷川 そう受け止めていただけたのは、とても励みになります。宇宙メディアの数がまだ限られているからこそ、一つの媒体ですべてを担うのではなく、それぞれの視点から宇宙への入口をつくっていくことが大切だと感じています。
伊藤 そうですね。宇宙を産業として広げていくには、技術やニュースを届けるだけでは足りません。読者が「これは自分の仕事にも関係がある」と感じられる伝え方を増やしていくことが大切だと思います。
長谷川 伊藤さんは編集長になられる前、どのようなキャリアを歩まれてきたのですか。
伊藤 就職氷河期の終わりに近い頃、さまざまなメディア企業を受ける中で、ご縁のあった出版社に入社しました。私は文系出身だったのですが、配属されたのは理系専門誌の編集部でした。牛や豚などの産業動物と呼ばれる家畜の医療や、ペットの小動物の医療を扱う専門誌で、獣医師に向けて、実際の診療に関わる専門情報を届ける部署でした。
当初はまったく知識のない分野でしたが、実際に携わってみると非常に面白かったんです。世の中には、牛や豚などの産業動物を診る獣医師がいて、その現場を支える専門情報がある。自分が知らなかった社会の仕組みに触れる新鮮さがありました。同時に、獣医学やライフサイエンスの領域でテクノロジーが進化していく面白さにも気づかされました。
長谷川 文系から理系の専門誌へ。そこからどのような思いでビジネス領域へ移られたのですか。

伊藤 その後、医学系の出版社に移り、主に先生方から原稿をいただく編集者として経験を積みました。ただ、もう少し視野を広げた方がいいと思い、ビジネス系の情報も扱う出版社へ移りました。そこでヘルスケアビジネスや、今でいうSDGs、ESGといった環境系領域の雑誌企画を担当するようになりました。
そこで初めてビジネスの領域に全面的に関わるようになったのですが、例えば医師が起業するヘルスケアベンチャーの話題や、医療の専門知識とAIなどの情報技術を掛け合わせて起業するような話を取材しました。そこで、専門知識とテクノロジーを掛け合わせ、それを「ビジネス」という形にして社会課題に貢献していくことの面白さを強く感じたんです。テクノロジーが発展することで課題が解決され、ビジネスとして成り立つことで、その仕事に関わる人の生活も支えられる。その循環が大事なのだと実感しました。
長谷川 そこから、どのような経緯で『SPACE Media』の編集長に就任されたのですか。
伊藤 取材を通じて世の中がどんどんテクノロジーで変わっていく様を目にする一方で、雑誌づくりはあまり進歩していないと感じた時期がありました。雑誌で「世の中がトランスフォーメーションしている」と発信しているのに、私自身は変われているのだろうか。私もその変化に向き合わなければならないと思った時に、『SPACE Media』で編集者を募集しているという話を聞きました。対応できるか不安はありましたが、まずは環境を変えてみようと思い、思い切って飛び込んだのがきっかけです。
長谷川 お話を伺い、伊藤さんとの共通点を感じました。私も文系出身で、20代はビジネス誌や技術情報誌を手掛ける出版社で経験を積みました。最初に携わったのは製造業向け技術情報誌の広告営業でしたが、製造業や技術領域の現場に触れる中で、モノづくりの奥深さに引き込まれていきました。特に、専門性の高い技術を、企業活動や社会の変化と結びつけて伝えることの面白さを強く感じました。文系出身だからこそ、技術をそのまま語るのではなく、読み手に届く文脈へ翻訳することの重要性を学んだのだと思います。
優れた技術や取り組みがあっても、発信の仕方や伝え手との接点によって、社会に届かないことがあります。難しい情報を読み手に届く言葉へ翻訳し、関心や行動につなげていくことは、メディアの重要な役割です。宇宙領域では、技術の専門性が高いからこそ、その翻訳のあり方が、産業のすそ野の広がりにも関わってくるのではないかと感じています。
長谷川 『SPACE Media』の成り立ちや概要について教えていただけますか。
伊藤 『SPACE Media』は、私が参画する前の2020年にローンチされたメディアです。立ち上げた弊社代表の堀口真吾も、もともと宇宙工学や宇宙物理学などを専門に学んできたわけではありません。政策関連の仕事などを通じて宇宙産業に関わる中で、これからの新しい領域になるのではないかと感じた一方、宇宙ビジネスに関する日本語の情報が非常に少ないという課題にも直面したそうです。

堀口自身も情報が必要でしたし、宇宙ビジネスが日本で産業として広がっていくためには、まず情報が届く環境が必要だという思いがあり、起業して2年後に『SPACE Media』として正式に立ち上げました。当初は専任の編集担当者がいなかったため、メンバーで試行錯誤しながら運営していたと聞いています。
長谷川 現在はどのようなカテゴリーやコンテンツ構成で展開されているのでしょうか。
伊藤 2026年春にサイトの構成をリニューアルしたのですが、現在は大きく4つの記事スタイルがあります。日々の情報を伝える「ニュース」、企業やキーパーソンに話を伺う「インタビュー」、情報を分かりやすくまとめる「解説記事」、そして「イベントレポート」です。カテゴリーは、「地球低軌道(LEO)の利用」「衛星データ」「宇宙ビジネス」、そして「エンターテインメント・教育」の4つに分けています。
長谷川 「LEO(低軌道:Low Earth Orbit)」をあえて一つのカテゴリーとして独立させているのは特徴的ですね。
伊藤 正直なところ、現段階でLEO環境の利用がビジネスとして成立している例はまだ多くありません。しかし、会社としての見立てや方向性として、これから宇宙の低軌道環境を利用して新しい価値を生み出すことがより広がっていくだろうという確信があります。だからこそ、メディアとして早い段階から「こういう可能性がある」「今こういう動きがある」というトピックを紹介したいという思いで、カテゴリーを設けています。
長谷川 『SPACE Media』の編集方針として、特に重視していることは何でしょうか。
伊藤 少し前までは「宇宙を知る、楽しむ、好きになる」というコンセプトを掲げていました。ただ、それだけでは扱う範囲が広くなりすぎるため、現在は「宇宙産業のすそ野の拡大に寄与する」ことをより明確に意識しています。
立ち上げ当初は、どのような話題が読者に届くのかを探りながら、エンターテインメントや「ブラックホールとは何か」といった基礎的な話題も多く扱っていました。しかし、私がもともとビジネスやテクノロジー領域の専門誌を手掛けていたこともあり、最近は宇宙ビジネスや宇宙開発関連の話題に比重を置いています。一方で、次世代の人材を育てていかなければ産業としての未来がないという思いから、教育に関する話題も取り上げています。
長谷川 宇宙産業というと、どうしてもロケットや衛星、高度な研究開発の話として受け止められがちです。しかし『SPACE Media』は、宇宙をビジネスや教育、エンターテインメント、次世代人材の育成にもつながる広いテーマとして捉えていることが伝わってきます。そこに、宇宙メディアが担える役割の一つがあるように感じます。
伊藤 本当にそうだと思います。一方で、専門性の高い情報をどう分かりやすく伝えるかという難しさもあります。
長谷川 宇宙を「伝える」面白さと難しさは、どのような点にあると感じていますか。
伊藤 面白さは、テクノロジーが常に進化していることに加え、地上の常識とは異なる前提で物事を考える人たちに出会える点にあります。「自分にはこんな固定観念があったんだな」と気づかされることが多く、日々の取材やニュースチェックの中で、そうした発見に触れられることに面白さを感じています。記事を通して、自分が取材の中で感じた驚きや「こういう見方があるんだ」という発見を、読者にも届けていきたいと思っています。

一方で難しさは、やはり専門用語や略語が非常に多いことです。初めて聞くと、意味をつかみにくい言葉も少なくありません。さらに現在の宇宙ビジネスには、ドイツによるロケット開発や、1957年、ソビエト連邦による世界初の人工衛星「スプートニク1号」の打ち上げから続く歴史的背景があり、そういった文脈を理解していないと「このニュースの何がすごいのか」「何が新しいのか」が読者に伝わりません。
長谷川 基礎知識がないと理解しづらい。一方で、基礎から丁寧に説明しすぎると、今度は伝えることが増えすぎてしまう。そのジレンマがありますね。
伊藤 まさにその通りです。正確さを保ちながら、重要な部分をどこまでシンプルに伝えられるか。これは今でも苦労しているところですし、記事を出すたびに「これでちゃんと伝わるだろうか」と心配しながら作っています。
長谷川 これまで多数の記事を作られてきた中で、特に印象に残っている取材やエピソードはありますか?
伊藤 どの取材も印象深いのですが、一つ挙げると、株式会社アークエッジ・スペース 代表取締役CEO 福代孝良さんにお話を伺った時ですね。私が編集部に入って1年ほど経った頃でした。福代さんはもともと国際開発や国際協力の領域で活動され、東京大学大学院を修了後、JICA、外務省、内閣府での勤務を経て宇宙政策に携わり、その経験を経て宇宙スタートアップを立ち上げられた方です。
超小型衛星の会社ですので、私は「技術の用語をしっかり覚えて、専門的な話についていかなければ」と気を張って取材に臨んだんです。しかし、福代社長が語られた事業の原点は「世の中から構造的な暴力をなくすこと」でした。技術の話の奥に、地球や社会に対する大きな問題意識があったんです。「テクノロジーの進化だけでも駄目だし、社会的な理念だけでも駄目。両方がないと意味がないんだ」というお話に深く感銘を受け、非常に印象深い記事になりました。
長谷川 非常に示唆的なエピソードですね。宇宙ビジネスを語るとき、どうしても技術の高度さや市場の可能性に目が向きがちです。しかし、その技術がどのような社会課題に向き合い、どのような未来をつくろうとしているのかを伝えなければ、読者にとって宇宙は、自分ごとになりにくいままです。そこをつなぐことこそ、宇宙メディアの大切な役割なのだと感じます。
長谷川 ここからは、宇宙ビジネスの現在地と、宇宙メディアがこれから果たすべき役割について伺います。伊藤さんは、現在の宇宙ビジネスをどのようなフェーズにあると見ていますか?