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2026.09.30

月の氷でロケットを飛ばせ!前例なき「月面推薬生成プラント」に挑む【連載】月へ挑む、宇宙エンジニアたち (第11回)

海外でエネルギーや産業インフラ向けのプラント建設事業を手掛ける日揮グローバルの中で、宇宙領域に特化した「宇宙エンジニア™」皆さんご寄稿のもと、日本が宇宙領域において抱えている課題や挑戦を発信する当連載。

今回は、月面での持続的な有人活動を支える「月面推薬生成プラント」に注目します。

月に存在する「氷」から水を取り出し、ロケット推薬や生活資源として活用するこのプラント。地球からの輸送負担を減らす鍵として注目されています。

プラント設計を担うプロセスエンジニアとエンジニアリングマネージャーの仕事を起点に、月面という特別な環境をどう設計へ落とし込むのか。構想の国際的な位置づけとともに、前例のない開発に挑む宇宙エンジニアの取り組みを紹介します。(リード=SpaceStep編集部、本文=日揮グローバル 田中秀林さん)

今回の宇宙エンジニアは


日揮グローバル株式会社 
デジタルプロジェクトデリバリー部 月面プラントユニット
田中 秀林さん

函館市出身。東北大学大学院修士課程を修了。在学中は、土壌中に極わずかに含まれる重金属の定量分析をテーマに、繊細な実験を繰り返す。その反動でスケールの大きな仕事がしたくなり、2014年に入社。クウェート・カタールなどの中東現場での勤務と、プロセスエンジニアリング部門での石炭ガス化・LNG・リファイナリ等の設計・試運転業務を経て、月面プラントユニットの立ち上げメンバーとなる。現在は月面開発と育児の両立を目指して奮闘中。

第11回は、月面開発の未来を知る~【連載】月へ挑む、宇宙エンジニアたち(第1回)でご紹介した「Lumarnity®構想」、その中核を担う月面推薬生成プラントについてお届けします。

プラントの流れを描く、設計の役割

本題に先立ち、筆者の役割であるプロセスリード(プロセスエンジニア)とエンジニアリングマネージャーの仕事を紹介します。

●プロセスエンジニア

プラントの"設計図のおおもと"を描く仕事です。原料となる資源を、どのような温度や圧力で反応させ、どの装置で不純物を取り除き、どう冷却して液体にするのか。

化学・物理・熱力学の知識を駆使しながら、安全で効率的な"流れ(プロセス)"を組み立てていきます。プラントの性能を決める最上流の設計(基本設計)と言えます。下流の詳細設計では、配管・機械・電気・土木など多分野のエンジニアが、プロセス設計の内容をもとに機械装置・構造体の設計を進めていきます。

●エンジニアリングマネージャー

基本設計から詳細設計に携わるすべてのエンジニアを束ねる調整役です。品質・コスト・スケジュール・安全を見渡し、顧客や協力会社との調整も担う、設計の「司令塔」と言える存在です。

 

月の「氷」から燃料を生み出す。インフラの全貌

月の氷資源から水を抽出し、電気分解によって水素と酸素を生成し、それを冷却して液体水素・液体酸素を得る設備です。液体水素と液体酸素はロケットの燃料(推薬)として利用できるため、月面推薬生成プラントと呼ばれます。なお、酸素は宇宙飛行士の呼吸に、電気分解前の水は生活用水にも使用でき、さまざまな用途に活用できる汎用的な設備でもあります。

月面で推薬を製造・補給できる拠点を作り、月面と月近傍拠点の往復、月面探査機に必要となる推薬を補給する

1.6億円の輸送コスト壁を打破せよ

2026年4月10日、4人の宇宙飛行士が月を周回して地球へ帰還し、米国アルテミス計画が大きく前進しました。アルテミス計画はアポロ計画とは異なり、「月に行くこと」ではなく「月で持続的に活動し、火星探査に向けた前準備をすること」を目標としています。しかし月面への物資輸送コストは1kgあたり約100万USドル(約1.6億円)とも言われており、月面開発における大きなボトルネックとなっています。

月面での持続的な有人活動を実現するには、輸送物資の削減が重要です。その代表的な解決手段が、ISRU(In-Situ Resource Utilization=現地資源の利活用)です。月面で利用できる資源の代表例は月の砂(主に酸化金属)と氷であり、この氷を活用するのが月面推薬生成プラントです。端的に言えば、「プラント設備(電源含む)の重さ < 生産する水・酸素・水素の重さ」となれば、輸送コストの削減につながります。また、このプラントがあれば地球からの補給が途絶えた場合でも宇宙飛行士の命を支えることができるなど、経済性だけでは測れない価値もあります。

この構想は、ISECG(国際宇宙探査協働グループ。JAXAやNASAなど27か国の宇宙機関で構成)が策定するGER(The Global Exploration Roadmap)、JAXAが発行した「日本の国際宇宙探査シナリオ案2025」、内閣府が発表した「宇宙技術戦略」においても言及されています。

「真空・極低温」の弱点を強みに変える、腕のみせどころ

月の自然環境は、地球とは大きく異なります。最大の違いは、月には空気がほぼ存在しない(真空)という点です。地上の機械・装置は基本的に空気へ熱を逃がしており(たとえば「水冷」と呼ばれる機構でも、水は機械から熱を集めるために使うだけで、集めた熱は最終的に空気へと逃がされます)、大気圧を利用した機構も多く存在します。また、真空中ではゴムなどの高分子素材も劣化するため、設計思想を根本から変える必要があります。

環境温度も、設計を難しくする要因です。月の赤道では昼夜の温度差がマイナス175℃〜プラス100℃と非常に大きく、極域ではマイナス250℃を下回る場所もあり、使用できる素材も限られてきます。

一方で有利な点もあります。月面は風がないため建設物の基礎構造が不要(または最小限)ですし、水素が外部に漏洩しても爆発しません(酸素がないため)。また極低温の環境は、酸素を電力なしで液化できる(酸素は−183℃で液化)というメリットにもなります。

宇宙エンジニア™の腕の見せどころのひとつは、こうした「地上と異なる環境のデメリットを克服しながら、メリットを最大限に生かす設計思想を構築する」ことです。そのためには、「実際に自分では確認しに行けない月面という未知の環境を『正確に想像』し、『具体的な理論に沿って設計に落とし込む』力」が求められます。地上のプラント設計には参照すべき前例が豊富にありますが、月面のプラントには基本的に前例がなく、すべてがオリジナルです。それが最大の難しさであり、やりがいでもあります。

いつの時代も、夢を現実に

私が月面プラントに取り組んでいることを話すと、「夢があっていいね」と言われることがあります。そんなとき私は当然「ありがとう」と返すのですが、仲の良い相手には「僕は、その夢を現実にするために頑張っているんだけどね」と続けます。数年前は笑われることが多かったこのセリフも、最近は真剣に受け止めてくださる方が増えているように感じます。

いつの時代も、人々の夢を現実にしてきたのはエンジニアでした。トーマス・エジソン、ライト兄弟、ヴェルナー・フォン・ブラウン。近年ではスティーブ・ジョブズやビル・ゲイツ。彼らはみな「無理だ」「夢物語だ」「意味がない」と言われていたものを実現し、人々の生活を一変させました。最近で言えば、生成AIもエンジニアが実現した夢のひとつではないでしょうか。私は、月面や火星の開発がそれに続くと信じています。この連載を読んだ子どもたちがエンジニアに興味を持ち、世界を変えてくれることを願っています。

夢を現実にすべく、今日もエンジニアたちは進みます

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