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2026.08.12

みちびきは、なぜ日本に必要なのか。内閣府・三上建治さんが語る測位インフラの未来【連載】『宇宙人』と話そう

皆さん、こんにちは。宇宙ビジョンクリエイターの五嶋 耀祥(ひな)です。2026年8月11日、日本の測位衛星「みちびき7号機」が、H3ロケット9号機によって無事に宇宙へ打ち上げられました。今回の打ち上げは、みちびきだけで継続的に測位できる7機体制の実現に向けた、重要な一歩です。スマートフォンやカーナビの位置表示はもちろん、農業や除雪の自動化、金融取引、通信、電力、防災まで、衛星から届く位置と時刻は、すでに社会の基盤として機能しています。

今回のゲストは、内閣府で準天頂衛星システム「みちびき」の整備と利活用を推進してきた三上建治さんです。大学で宇宙工学を学びながら、技術を開発する道ではなく、技術革新が生まれる仕組みをつくる道を選んだ三上さん。約30年を経て、宇宙政策を担う立場となった歩みをたどりながら、みちびきが日本に必要な理由と、宇宙を産業や地域に根づかせるために何が必要なのかを伺いました。(ナビゲーター=五嶋 耀祥/文=JMP総合プロデューサー 長谷川浩和)

今回のゲスト

内閣府 宇宙開発戦略推進事務局 参事官/準天頂衛星システム戦略室長(取材時)
三上 建治さん

北海道室蘭市出身。名古屋大学・同大学院で航空宇宙工学を学び、1996年に通商産業省(現・経済産業省)へ入省。経済産業省では、産業技術政策や製造業のデジタル化などを担当。防衛省、内閣府、JETROブリュッセル事務所、長崎県での勤務も経験し、「空飛ぶクルマ」の官民による推進体制の構築にも尽力。2023年7月から準天頂衛星システム戦略室長を務め、「みちびき」の開発・整備・運用と利活用の拡大を推進してきた。2026年8月から国立研究開発法人 産業技術総合研究所に着任。

聞き手

ハッピー・ファム合同会社 代表/社会起業家・ITコンサルタント
五嶋 耀祥(ひな)さん

北海道苫小牧市出身。苫小牧工業高等専門学校で情報工学と電子生産システム工学を学び、卒業後はシステムエンジニアとしてビッグデータ解析や業務システムの構築に従事。その後、大学事務職や子育てを経て、2015年にNPO北海道ネウボラを設立し地域支援を開始。2019年にハッピー・ファム合同会社を設立し、DX推進・IT教育・宇宙産業支援・女性や親子支援など多分野で活動。2021年には一般社団法人ファミリー支援INV協会を創設し代表理事を務める。IT、福祉、教育を横断しながら、地域課題の解決と宇宙産業の裾野拡大に取り組んでいる。

宇宙産業は、地域の強みから始まる

五嶋 本日はよろしくお願いいたします。三上さんと初めてお会いしたのは、2026年5月に札幌で開かれた、宇宙と半導体に関するセミナーでしたね。

三上 そうですね。HIREC株式会社代表取締役社長の上森規光さんから、準天頂衛星を活用した測位ビジネスが、これから北海道の産業を支える基盤になるのではないかと声をかけていただき、札幌で講演しました。そこで五嶋さんとご挨拶したのが最初でした。

五嶋 三上さんが室蘭市のご出身だと伺い、北海道の宇宙産業を応援する心強い仲間が増えたと感じたことを覚えています。

三上 宇宙を目指す人たちが、地域や組織を越えてつながることは大切です。同時に、地域ごとに志を同じくする人が集まり、その土地ならではの産業を育てることにも意味があります。北海道のほか、全国を見渡せば、和歌山県、福井県、福岡県久留米市などでも、地域発の動きが生まれています。北海道と和歌山県には民間ロケット射場があり、福井県には繊維を中心とした製造業の蓄積が、そして久留米市にはゴム産業と大学の研究基盤があります。地域がすでに持っている技術や人材を、宇宙とどう結びつけるか。そこが出発点になります。

五嶋 外から宇宙産業を持ち込むのではなく、地域の歴史や強みの延長線上に、新しい可能性を見つけていくのですね。

三上 宇宙には、もちろんロマンがあります。ただ、ロマンだけでは産業として続きません。地域の技術や課題を起点に、事業として成立させる。そのための熱意と粘り強さが欠かせないと思います。

宇宙は、ロケットや人工衛星をつくる企業だけのものではありません。人が宇宙で暮らし、働く時代には、食事や睡眠、健康など、地域産業の知見が生きる領域も広がります。

技術をつくるより、仕組みを動かす

五嶋 この連載では、ゲストの皆さんに、宇宙に関心を持った原点から伺っています。三上さんは、子どもの頃から宇宙に関心を持っていたのでしょうか。

三上 私は北海道室蘭市で生まれました。室蘭は昔から「鉄の町」と呼ばれ、室蘭工業大学もあります。ものづくりや理工系の学問に、自然と触れられる環境でした。

子どもの頃は、「機動戦士ガンダム」や「宇宙戦艦ヤマト」など、宇宙を舞台にしたアニメーションが好きでした。将来は宇宙に関わる分野へ進みたいという思いがあり、室蘭栄高校の理数科を経て、航空宇宙工学を学べる名古屋大学へ進みました。

五嶋 大学では、人工衛星のイオンエンジンを研究されていたそうですね。

三上 はい。電気の力で推進剤を加速させるエンジンです。推進剤を効率よく使えるため、長期間運用する人工衛星や探査機に適しています。現在では、小惑星探査機などに使われる実用技術になりました。ただ、私が研究していた頃は、実用化までに長い時間を要する技術でした。大学時代から30年ほど経ち、ようやく普及してきたという感覚があります。

五嶋 宇宙を学びながら、卒業後は研究者や技術者とは異なる道を選ばれました。どのような思いがあったのでしょうか。

三上 同期の多くは、当時の宇宙開発事業団(現JAXA)や重工メーカー、研究機関などへ進みました。私も同じ道を選ぶことはできたと思います。ただ、一つの技術が社会に届くまでの時間を考えたとき、自分は技術そのものを開発するより、技術革新を動かす側に回りたいと思うようになりました。

少し個人的な話になりますが、大学時代に父をがんで亡くしました。そこで、人生には限りがあることを強く意識しました。一つのエンジンや機体を20年かけて完成させる仕事には、大きな価値があります。ただ、自分は黒子として、人や技術をつなぎ、仕組みを動かす側に回った方がよいのではないか。いわば、ゼンマイを巻く役割を担いたいと考えたのです。

五嶋 自ら一つの技術を完成させるより、優れた技術が社会へ届く環境をつくろうとされたのですね。

三上 必要な情報を、必要としている人へ届ける。企業や研究者に資金と注目が集まる環境を整える。異なる立場の人をつなぎ、技術が前へ進む仕組みをつくる。そうした役割が自分には合っているのではないかと思い、1996年に通商産業省(現・経済産業省)へ入りました。

その後は、先端技術の研究開発、産学官連携、産業技術政策、製造業のデジタル化など、イノベーション創出に関わる分野に携わってきました。防衛省や内閣府、JETROブリュッセル事務所、長崎県でも勤務し、経済産業省では「空飛ぶクルマ」の官民による推進体制づくりにも関わりました。

五嶋 技術と産業をつなぐ仕事を続けながら、宇宙を直接担当する機会はなかったのですね。

三上 そうなのです。経済産業省では資源・エネルギー、通商政策、そして中小企業など多くの分野を擁しており、自分の出身や関心に直接携われることはレアなのです(笑)。長崎県で4年間勤務し、霞が関に戻ったところで、宇宙開発戦略推進事務局へ赴任しました。大学を出てから約30年を経て、初めて宇宙を本格的に担当する機会を得たのです。

とても幸運な機会をいただいたと思っています。一方で、他の産業のイノベーションを見てきたからこそ、宇宙産業にはまだ整えるべき部分があることも見えてきました。技術開発だけでなく、民間投資や人材の循環、挑戦を通じて得た経験を次につなげられる環境まで含めて、産業の基盤を整えなければなりません。いま宇宙産業への期待は高まっています。その期待を一時的なブームで終わらせず、持続的な産業へ育てることが大切です。

GPSを補い、測位を6センチ級へ

五嶋 ここからは、三上さんが担当されてきた準天頂衛星システム「みちびき」について伺います。まず、どのような仕組みなのか教えてください。

三上 宇宙を使ったサービスは、大きく四つに整理できます。

気象衛星や地球観測衛星で地球を「見る」。通信衛星で人や情報を「つなぐ」。探査機や輸送機によって宇宙を「調べる・運ぶ」。そして、衛星を使って位置や時刻を「測る」。みちびきは、この「測る」ための仕組みです。正式名称は準天頂衛星システム、英語ではQZSSといいます。日本が管理・運用する衛星測位システムです。

 出典:内閣府 宇宙開発戦略推進事務局「準天頂衛星システムみちびき 7号機の打上げに向けて(最新動向)」

五嶋 衛星測位というと、まずGPSを思い浮かべます。みちびきとは、どのような関係にあるのでしょうか。

三上 人工衛星から届く信号を受信し、四つ以上の衛星との距離を計算すると、自分の位置と時刻が分かります。みちびきは、GPSと互換性のある信号を出しています。そのため、多くのスマートフォンやカーナビが、GPSなどと一緒にみちびきの信号を利用しています。

五嶋 「日本版GPS」と呼ばれることもありますが、現在はGPSを置き換えるのではなく、組み合わせて使われているのですね。

三上 そうです。みちびきの大きな特徴は、日本から見て高い位置に衛星が見える時間が長くなるよう、軌道が設計されていることです。

準天頂軌道を通る衛星の地表上の軌跡は、南北に長い「8の字」を描きます。日本から見て高い位置に衛星があるため、ビルや山に電波を遮られにくくなります。GPSだけでは位置が不安定になりやすい都市部や山間部でも、みちびきの信号が加わることで、より安定した測位が可能になります。
出典:内閣府 宇宙開発戦略推進事務局「準天頂衛星システムみちびき 7号機の打上げに向けて(最新動向)」

五嶋 みちびきの強みとして、「センチメートル級」の測位精度が紹介されています。一般的なGPSとは、どれほど違うのでしょうか。

三上 一般的なGPS測位には、5メートルから10メートルほどの誤差があります。10メートルというと、およそテニスコート半面分です。その範囲のどこかに宝物が埋まっていると言われたら、かなり広い場所を掘らなければなりません。


五嶋 スマートフォンでお店や駅を探す程度なら困らなくても、機械を正確に動かすには誤差が大きいわけですね。

三上 その通りです。専用のアンテナと受信機でCLASを利用すると、水平位置の誤差を数センチ程度に抑えられます。目安は約6センチです。テニスコート半面だった範囲が、テニスボールほどになると考えると分かりやすいでしょう。

出典:内閣府 宇宙開発戦略推進事務局「準天頂衛星システムみちびき 7号機の打上げに向けて(最新動向)」

五嶋 数センチ級まで精度が高まると、位置情報の使い道が大きく変わりますね。


三上
 北海道のスマート農業を考えると、その違いがよく分かります。数メートルの誤差がある状態でトラクターを自動走行させれば、すでに耕した場所をもう一度耕したり、種をまいた場所に重ねてまいたりしてしまいます。

センチメートル単位で位置を把握できれば、農機を正確に走らせ、農作業の省力化や自動化を進められます。人手不足に直面する地域にとって、高精度測位は農機の自動化を成立させる前提の一つになります。


五嶋 北海道では農業に加え、除雪車の走行支援や自動化にも可能性があります。夜間や吹雪の中では、道路の境界や構造物が見えにくくなります。車両が正確な位置を捉えられることは、大きな意味を持ちますね。


三上
 まさに、そうした厳しい環境で役立ててほしいと思っています。ただし、みちびきだけで自動運転のすべてが実現するわけではありません。トンネルなど、衛星からの電波が届かない場所では利用できません。カメラやセンサー、電子地図、制御技術との組み合わせも必要です。

みちびきは、屋外で動く車両や機械の自動化を支える基盤技術の一つです。農業、建設、ドローン、船舶、除雪、インフラ管理など、すでに幅広い分野で活用が始まっています。

出典:内閣府 宇宙開発戦略推進事務局「準天頂衛星システムみちびき 7号機の打上げに向けて(最新動向)」

五嶋 宇宙から届く信号が、現場の生産性を高め、働く人の安全にもつながっているのですね。

社会を止めない「位置」と「時刻」

五嶋 みちびきは、位置情報だけでなく、正確な時刻も提供しているそうですね。

三上 はい。衛星測位は、「どこにいるか」だけでなく、「今がいつか」を知るための仕組みでもあります。みちびきには、1機あたり3台の原子時計が搭載されています。それらを用いて、10億分の1秒単位の精密な時刻情報を提供しています。

五嶋 それほど正確な時刻は、どのような場面で必要になるのでしょうか。

三上 たとえば金融取引です。どの注文が先に行われたのかを正確に記録するには、システム同士の時計が合っていなければなりません。携帯電話の基地局も、正確な時刻を基準に同期しています。電力分野でも、需要と供給が合わないと停電を引き起こすことがあります。社会・経済の安定のためには背後に、精密な時刻があるのです。

金融、通信、電力といった社会インフラが、衛星から届く精密な時刻に支えられているのです。その意味で、みちびきは「インフラのインフラ」だと考えています。

出典:内閣府 宇宙開発戦略推進事務局「準天頂衛星システムみちびき 7号機の打上げに向けて(最新動向)」

五嶋 位置だけでなく、社会を動かすための「時刻」まで支えているのですね。

三上 みちびきにはもう一つ、地震や津波、火山などの情報を配信する「災害・危機管理通報サービス」があります。対応するカーナビやスマートウォッチ、屋外スピーカーなどで、衛星から直接情報を受け取れます。

大きな地震が発生し、もし携帯電話の基地局や地上の通信設備が被災すれば、インターネットや携帯通信が使えなくなる可能性があります。実際、2025年の能登半島地震では、震災後3日間は地域の基地局は非常電源が生きていたそうですが、それ以降は非常用電源の燃料がなくなり使えなくなりました。そのような状況でも、地上通信とは別の情報経路を確保できます。

出典:内閣府 宇宙開発戦略推進事務局「準天頂衛星システムみちびき 7号機の打上げに向けて(最新動向)」

五嶋 北海道胆振東部地震の際、私は子育て支援のNPOを運営していました。停電で携帯電話を充電できず、連絡も取りにくい中、食料を必要としている家庭へ支援を届けました。地上の通信が使えなくなる経験をしたからこそ、宇宙から情報を届けられる意味を強く感じます。

三上 災害時には、近くの避難所や病院がどこにあるのかを確認するためにも、位置情報が必要です。測位と情報配信は、24時間365日、止めてはならないサービスです。

また、災害が起きてから初めて宇宙サービスを使おうとしても、すぐには使いこなせません。対応機器や運用方法を、平時から確認しておくことも欠かせません。

宇宙を使うことを、目的にしない

五嶋 みちびきの価値は、それを必要とする現場に十分伝わっているのでしょうか。

三上 私自身の反省も含めて、まだ十分には知られていないと思います。経済産業省は2000年代から、みちびきの構想や開発に関わってきました。それでも当時の私は、これほど重要なシステムだと十分に認識していませんでした。長崎県で勤務していたときも、地域の課題とみちびきを結びつけて考える機会は、ほとんどありませんでした。必要な情報は、届ける側が意識して動かなければ届きません。そのことを実感しています。

五嶋 三上さんは、ご自身を「みちびきの営業部長」と表現されていますね。

三上 全国を回り、「現在、提供されているサービスの中で使われているGPSを、より高精度な測位のもの(みちびき)にしたら、もっと良くなりませんか?」とお伝えしてきました。大切なのは、必要性の高い現場に届けることです。私は、みちびきを「ベター」ではなく「マスト」とする現場に届けたいと思っています。

五嶋 「あれば少し便利」という段階ではなく、「これがなければ課題を解決できない」という現場ですね。

三上 たとえば、北海道の農業や除雪です。夜間や厳しい寒さの中で働く必要があり、人手不足も進んでいます。自動化や無人化を進めなければ、現場を維持できなくなる可能性があります。ロボットやAIを導入しても、機械が自分の位置を正確に把握できなければ動けません。そうした現場にとって、高精度測位は「あれば便利なもの」ではなく、事業を続けるための基盤になり得ます。

五嶋 6センチ級の精度を生かせば、除雪車だけでなく、視覚に障がいのある方の移動支援や、高齢者の転倒防止などにも応用できそうです。現場の課題と結びつければ、まだ多くの用途が見つかるのではないでしょうか。

三上 新たな用途を見いだせるのは、現場の課題を知る人たちです。行政や宇宙関係者だけで用途を考えるのではなく、農業、福祉、交通、建設など、さまざまな分野の人と一緒に考えることで、新しいサービスが生まれます。

一方で、宇宙を使うこと自体が目的になってはいけません。DXも、導入すること自体が経営の目的ではありません。経営課題を解決し、収益や生産性を高めるためにデジタル技術を使うのです。宇宙も同じです。「注目されているから、事業に宇宙を取り入れよう」という発想は、内閣府宇宙事務局としては嬉しい思いではありますが、きちんとビジネスとして儲けてそれが再循環していく形にならなければ、経済・産業として長続きしません。

五嶋 まず課題があり、その課題を解く手段の一つとして"宇宙を使う"を考える必要がありますね。

三上 「この作業に宇宙サービスを使えば、工数を10分の1にできる」という見立てがあって、初めて導入を検討すべきです。現場の課題を明確にし、衛星、ドローン、地上センサーなどを比較する。そのうえで、宇宙が最適なら使う。その順番が重要です。利用する企業や自治体が、「利益が増えた」「作業時間が減った」「安全性が高まった」と実感できることが何より大切です。まずは一つの企業、一つの現場で成果を示し、同じ課題を持つ地域や企業へ広げていく。それが、宇宙利用を産業として根づかせる道だと思います。

ブームの先に、宇宙産業を残す

五嶋 宇宙スタートアップへの投資も増え、業界全体に大きな期待が集まっています。三上さんは、現在の状況をどのように見ていますか。

三上 期待が高まることは歓迎すべきです。どれだけ資金が集まるかは、その産業への期待や、将来の社会的価値を示す指標でもあります。一方で、現在の勢いがそのまま続くとは限りません。先端技術などのイノベーション論でよく示される「ハイプ・サイクル」でいう「幻滅期」のように、期待の反動で厳しく評価される時期が、宇宙産業にも訪れる可能性があります。

五嶋 注目が集まっている今だからこそ、その後を考えておかなければならないのですね。

三上 資金が集まりにくくなったときにも、会社を維持できる基盤があるか。顧客に対して、事業としての価値を示せるか。経営者には、事業を継続する力が問われます。

すべての挑戦が、当初描いた形で事業化されるとは限りません。ただ、そこで得た経験を別の企業や次の事業へ持ち込めることが重要です。技術、人材、知見が産業の中に残り、次の事業へ受け継がれる。そうした再挑戦の環境まで整って、初めて日本の宇宙産業は強くなるのだと思います。

五嶋 失敗をなくすのではなく、そこで得たものを産業全体の財産として残すのですね。

三上 そうです。宇宙への投資を、単なる賭けにするのではなく、リスクとリターンを合理的に判断できる産業にしていかなければなりません。行政には、研究開発や資金面の支援だけでなく、企業同士をつなぎ、人材が循環し、再挑戦できる環境を整える役割があります。

また、宇宙企業だけで産業をつくることはできません。技術をつくる側と、地上で使う側がともに学び、具体的な課題を持ち寄る必要があります。メディアにも、成功事例だけでなく、挑戦の過程や、そこで得られた学びを社会へ届ける役割があると思います。

五嶋 宇宙を特別な世界のままにせず、社会や事業を前へ進める手段として使える人を増やす。それが、産業の裾野を広げることにつながるのだと思います。

生成AIが変える、G空間情報の使い方

五嶋 みちびきが提供する位置情報は、衛星画像や地図、気象、人口など、ほかのデータと組み合わせることで、さらに価値が広がりそうです。

三上 政府では、地図の上にさまざまな情報を重ね、社会課題の解決に生かす「G空間情報社会」を推進しています。地図上に人口、交通量、災害リスク、建物、農地、衛星画像などを重ねれば、地域で何が起きているのか、その背景にどのような要因があるのかを考えられます。これまでは、こうした分析には専門的なソフトウェアや知識が必要で、専門家へ委託することも一般的でした。

五嶋 生成AIの進化によって、専門的な分析のあり方も変わりつつあるのですね。

三上 生成AIに言葉で指示し、「このデータとこのデータを地図上で重ねてほしい」と頼めるようになれば、専門家だけのものだった分析を、より多くの人が扱えるようになります。農業や医療の現場で働く人、自治体の担当者が、自分たちの課題をデータで分析できるようになるかもしれません。生成AIによって、専門家でなくても地理空間情報を分析できる場面が増えると考えています。

五嶋 専門家ではない人も、自分の課題から問いを立て、データを使えるようになる。宇宙データを社会へ広げるうえでも、大きな転換になりそうです。

三上 誰もがすぐに使いこなせるわけではありません。利用が難しい人には、データ、AI、地域課題をつなぐ伴走者が必要です。だからこそ、今から現場で試し、使い手を育てる必要があります。

7機、そして11機へ。測位自立への道

五嶋 みちびきそのものについては、これからどのような体制を目指していくのでしょうか。

三上 まずは7機体制を確立することです。常に4機以上のみちびきが見える状態になれば、みちびきだけで継続的に位置を計算できるようになります。これは、単に衛星の数を増やすという話ではありません。測位という社会の基盤を、他国のシステムだけに依存せず、日本として保持することにつながります。

取材時点では5機を運用しており、7号機の打ち上げを控えています。5号機を失ったことで、7機体制の確立にはなお時間を要します。さらに、故障やメンテナンス時にも安定してサービスを続けられるよう、将来的には11機体制を目指しています。

※取材後の2026年8月7日、みちびき7号機はH3ロケット9号機で打ち上げられました。 

出典:内閣府 宇宙開発戦略推進事務局「準天頂衛星システムみちびき 7号機の打上げに向けて(最新動向)」

五嶋 位置と時刻を支えるインフラだからこそ、予備の衛星も含めた強靱な体制が必要なのですね。

三上 人工衛星は簡単に交換できるものではありません。打ち上げの機会が限られているからこそ、10年、15年の運用に耐える堅牢な設計が求められます。その分、開発費も高くなります。

将来、日本でもロケットがより頻繁に打ち上がるようになれば、小型の衛星を必要な時期に打ち上げ、短いサイクルで更新できるようになるかもしれません。衛星の設計や開発コストだけでなく、サービスを更新するサイクルまで変わる可能性があります。

五嶋 みちびきの整備だけでなく、ロケットによる打ち上げから、受信機やデータを使った地上のサービスまで、一つの産業としてつながっているのですね。

三上 みちびきが価値を持つのは、衛星が宇宙にあるからではありません。その信号を使い、地上で役立つサービスを生み出す人がいるからです。

北海道の農業や除雪、防災をはじめ、みちびきを必要とする現場は数多くあります。宇宙企業だけでなく、地域の企業、自治体、大学、スタートアップが加わり、新しい使い道を生み出してほしいと思っています。

五嶋 今日のお話を伺い、みちびきは私たちの「どこ」と「今」を支える、社会に欠かせない基盤なのだと分かりました。

三上 2026年8月から担当は変わりますが、宇宙への思いも、北海道を応援する気持ちも変わりません。また機会があれば、ぜひ声をかけてください。

五嶋 北海道の仲間として、これからもご一緒できることを楽しみにしています。本日はありがとうございました。

三上 ありがとうございました。

取材を終えて

大学で宇宙工学を学びながら、技術そのものを開発する道ではなく、技術を社会へ届ける仕組みを動かす道を選んだ三上さん。その後、産業技術政策や地域支援、デジタル化など幅広い領域を経験し、約30年を経て「みちびき」のプロジェクトに携わりました。一見、宇宙とは離れて見える経験も、「技術を社会に届ける」という軸で振り返れば、一つにつながっています。大学で培った専門性と、行政官として積み重ねた経験が、みちびきのプロジェクトで結びつきました。

一方で、宇宙ビジネスも今後、期待が落ち着き、事業としての実力が問われる局面を迎えるかもしれない。その現実的な見立てが、強く印象に残りました。ブームの後にも産業を残すには、つくる側だけでなく、非宇宙産業を含む使う側も宇宙を学び、現場の課題と結びつけなければなりません。一つひとつの現場で具体的な成果を示すことが、宇宙利用を産業として定着させていくのだと思います。

三上さんは取材の最後まで、みちびきの将来と宇宙産業への期待を率直に語ってくださいました。2026年8月の異動により新たな立場へ移られましたが、これからも宇宙産業と北海道の挑戦を見守り、折に触れて力を貸していただけたら心強く思います。(文=JMP総合プロデューサー 長谷川浩和)