海外でエネルギーや産業インフラ向けのプラント事業を手掛ける日揮グローバルの中で、宇宙領域に特化した「宇宙エンジニア™」。皆さんご寄稿のもと、日本が宇宙領域において抱えている課題や挑戦を発信する当連載。
今回は、日揮グローバルが進める「月面基地模擬施設」構想を取り上げます。世界各地では、空気・水・食料を循環させる生命維持システムをはじめ、月面生活を支える技術の実証が活発に進められています。各国の研究機関や企業が連携しながら積み重ねる挑戦の先に、月面基地実現への道筋が見え始めているといえます。
月面で人が暮らし続けるためには、まず地上でその環境を再現する――。国際的な動向とともに、その最前線を語っていただきます。(リード=SpaceStep編集部、本文=日揮グローバル 森 創一さん)
今回の宇宙エンジニアは

日揮グローバル株式会社
デジタルプロジェクトデリバリー部 月面プラントユニット
森 創一さん
石油・化学・医薬プラントの設計・建設に携わる機械エンジニアとして、国内外のプラント建設プロジェクトを経験。初めての現場駐在はクウェート。幼少期に抱いた宇宙への夢と、プラントエンジニアとして培った統合技術を重ね合わせ、「日本の技術を集めれば月面開発は実現できる」という思いのもと宇宙領域へ。現在は月面プラント開発のプロジェクトマネージャー兼メカニカルリードとして、人類の新たなインフラ構築に挑んでいる。PMP,米国プロフェッショナルエンジニア(テキサス州登録)
日揮グローバルでは将来の月面基地建設を見据え、地上に月面基地模擬施設を構築するプロジェクトに取り組んでいます。
月面で持続的な活動をするためには、月で資源を循環させながら生活する仕組みが不可欠です。月へ物資を運ぶには1kgあたり1.5〜2億円の輸送コストがかかると言われていることからも必要性がうかがえます。模擬施設構築のプロジェクトでは、空気・水・食料などを再利用する技術を組み合わせ、外部からの供給を最小限に抑えた閉鎖環境の実現を目指しています。
月面での居住モジュールのイメージ
Lumanity 全体図。居住モジュールは画面右側
こうした挑戦において私が担っているのは、「異なる技術をつなぎ、成立するシステムとしてまとめ上げる役割」です。大学や研究機関、スタートアップ、企業など、多様なプレイヤーが持つ技術は、単にそのまま組み合わせただけでは成立しません。そのため、必要な技術を持つ企業や研究者を自ら探し、我々のプラントと相性が良いと思ったパートナー様とは一つひとつ関係を築きながら、連携の輪を広げてきました。
その過程で意識しているのは、技術だけでなく、それぞれの企業やエンジニアが持つ想いや背景を理解することです。異なる立場や文化を持つプレイヤー同士が一つのシステムを作るためには、プラモデルのように組み合わせて終わりというわけにはいきません。
「なぜその技術に取り組んでいるのか」という根底の想いを共有することが不可欠です。そうした想いをつなぐことで、単なる寄せ集めではない、本当に機能する最高のチームと最高のシステムが生まれると私は考えています。

私はプロジェクトマネージャーとして全体を俯瞰しながら、こうして集まった技術をどのように組み合わせれば現実に動く仕組みになるのかを考え、計画と進捗をリードしています。
同時に、メカニカルリードとして、機械工学、電気工学、情報工学等のエンジニアリング視点から設計の整合性を担保し、各要素が矛盾なく連携するよう方向性を示しています。さらにJAXAの月面推薬生成プラント構想にも参画し、月面資源から燃料を生成するシステムの検討を進めています。

月面基地模擬施設の概要図
将来の月面基地実現に向け、各国では地上での実証研究が進められています。
中国では地上実験施設「月宮1号」において、植物・動物・微生物を組み合わせた閉鎖生態系を構築し、長期にわたり酸素や水の再生を実証しています。欧州でも、欧州宇宙機関(ESA)や独航空宇宙センター(DLR)を中心にEDEN-LUNA(Evolution & Design of Environmentally-closed Nutrition-Sources-Lunar Analog Facility)やLAM-GTD(Lunar Analogue Module - Ground Test Demonstrator)といった施設が整備されつつあり、月面環境の模擬実験や植物生産を含む生命維持システムの検証が進められています。
日本においても、青森県六ケ所村の閉鎖型生態系実験施設(CEEF: Closed Ecology Experiment Facilities)において閉鎖環境下での物質循環と居住実験が実施されてきました。
さらに世界各地では、こうした閉鎖生態系や模擬環境を用いたAnalogミッションが数多く実施されており、長期滞在時の人間の挙動やシステム運用を検証する取り組みが広がっています。
我々自身も昨年、DLRを訪問し、EDEN-LUNAやLAM-GTDの研究チームと意見交換を行いました。そこでは、宇宙での食料栽培や生命維持に関する技術開発が、国や機関を超えて連携しながら進められていることを実感しました。このように、各国が地上実証を積み重ねながら、人類の活動領域を月へ広げる準備が着実に進んでいます。
(引用:ドイツ宇宙庁)日揮グローバルと、EDEN-LUNA チームの意見交換
2025年12月のトランプ政権による「宇宙優位性確保」大統領令を受け、NASAは2026年3月にIgnitionイベントを開催し、月面基地構築に向けた包括的計画を発表しました。
2028年の有人月面着陸を目標に、その後は半年ごとに着陸頻度を高め、2030年代の恒久的月面基地設置を段階的に進める方針を打ち出しています。SpaceXやBlue Originとの商業連携による輸送コスト削減、月面ローバーの開発競争、核分裂炉による月面電力供給など、計画は急速に具体化しつつあります。

(引用:NASA Ignition)
こうした動向は、月面での長期滞在を支える生命維持・資源循環技術の重要性を改めて浮き彫りにしています。月面基地の実現には、空気・水・食料の再利用システムを閉鎖環境で統合的に機能させる技術が不可欠であり、地上での実証なくして月面での運用は成立しません。
我々が取り組む月面基地模擬施設は、まさにその試験台となるものであり、NASAをはじめ各国が月面開発を加速させるほど、地上実証の場としての価値と必要性はますます高まっていくと言えるでしょう。
未知の領域には、あらかじめ用意された正解はありません。その中で求められるのは、多様な技術や異なる立場にある人々、そしてそれぞれが持つ想いをつなぎながら、現実に「動く仕組み」をひたすら考え抜くことだと考えています。
そこでは、設計だけでなく、利害や背景を理解し、関係者全体が納得できる形に落とし込むことが不可欠です。泥臭く一つひとつ関係を築きながら、成立する形を探り続ける。その積み重ねが、初めてシステムとして現実になります。
そしてその延長線上にあるのは、人類が地球の外にも持続的に生活圏を広げていくための、新たなインフラの構築です。我々は、その基盤を実装する一端を担っていると考えています。(つづく)