ロケットを宇宙へ送り届けるために必要なのは、広大な発射場や強力なエンジンだけではない。空気の薄い過酷な環境下で機体が確実に動作するかを確かめるため、本番に近い状態を地上で何度でも再現できる強力な試験基盤が不可欠となる。
気球を用いて成層圏からロケットを発射する。新たな輸送方式の実用化に向け、国内最大級の環境模擬装置が稼働を開始した。開発のスピードを直接的に決定づける充実した地上設備が、日本の宇宙インフラ構築を力強く後押ししていく。(文=SpaceStep編集部)
2026年4月9日、Rockoon方式による小型ロケットの開発を手掛ける宇宙スタートアップのAstroX株式会社は、福島県にある南相馬MSL工場に大型の成層圏環境模擬装置「SETS」を導入したと発表した。本装置は宇宙開発関連機器を手掛ける、株式会社植松電機と共同で設計・製造されたものである。
(引用元:PR TIMES)
Rockoon方式では、まず気球を用いて機体を成層圏まで上昇。空気抵抗が少なく重力損失も減る上空から、小型ロケットを発射する手法だ。低コストかつ高頻度の打ち上げを可能にする、次世代の宇宙輸送インフラとして期待がかかる。しかし本方式の実用化には、気球が到達した後の空気の薄い低圧環境(成層圏相当)において、ロケットの姿勢制御システムが確実に動作することを証明しなければならない。
今回AstroXが導入を決めた「SETS」は、チャンバー内部の空気を抜くことで成層圏と同じ低圧環境を地上で模擬する大型の試験設備だ。最大の特徴は、同社が開発を進めるCMG(回転体の力で向きを変える姿勢制御方式)装置を、実機構成のまま内部に収容できる点にある。
天井から機体を吊り下げた状態で出し入れし、観察窓や多数の接続口を用いて各種計測や評価を行うことで、成層圏到達後における姿勢制御装置の確実な動作を、地上で事前に検証するための実践的な試験基盤が整えられた。
ロケット開発において、本番の環境を模した試験設備を自社内に保有することは、事業の成否を分ける極めて重要な戦略となる。
宇宙空間や成層圏は、地上とは全く異なる物理条件に支配されている。そのため、いくらコンピューター上で完璧なシミュレーションを行っても、実際の環境下では想定外の不具合が発生するリスクが常に付きまとう。しかしロケットの打ち上げは、多大なコストと労力を要する一発勝負。本番環境での失敗は、開発スケジュールに深刻な遅れをもたらしてしまう。
このリスクはできるだけ抑えたい。そのために、地上にいながら本番と限りなく近い条件で機体をテストし、問題があればすぐに設計を修正して再びテストするという、地道な検証サイクルを高速で回していく。大型の環境模擬装置を自社工場に導入できれば、外部の専門施設を予約して順番を待つ手間が省け、開発チームは自分たちのペースで納得がいくまで実機サイズの検証を繰り返し行える。開発期間の大幅な短縮とシステムの信頼性向上に直結するものだ。
AstroX取締役CTOの和田 豊 氏は次のようにコメントしている。「本装置の導入により国内最大級の成層圏試験環境試験設備が整備されました。本設備はRockoonによる空中発射の実用化に大きく貢献できると考えています。他にも、今後、高層大気観測や通信などさまざまな分野で成層圏の利用が注目されています。本設備により成層圏利活用が促進されることを期待しています」。
宇宙へのアクセス手法を多様化し、持続可能なインフラを構築するためには、華やかな打ち上げの裏側にある「地上での検証環境」の整備が欠かせない。実直にデータを集め、機体の精度を高め続けるための充実した開発基盤が、激化するグローバルな宇宙ビジネス開発競争を勝ち抜くための確かな土台となっていくはずだ。