地域経済を支える次世代産業として、いま「宇宙」に注目する自治体が広がっている。ロケットなど衛星の機器製造や衛星通信・放送にとどまらず、観光、教育、企業誘致、人材育成、地域課題の解決など、宇宙はまちづくりの文脈でも可能性を広げ始めている。本連載では、自治体関係者に加え、地域で宇宙産業に関わろうとする企業、金融機関、教育機関などの関係者に向けて、各地の取り組みをひもといていく。第1回は神奈川県 宇宙産業・ベンチャー支援担当課長の小柴安弘さんに話を聞いた。人工衛星産業の集積地である神奈川県が、どのように宇宙産業の振興に取り組もうとしているのか。同県の取組の現在地とその狙いを探る。(文=JMPプロデューサー 長谷川浩和)
お話を伺ったのは

神奈川県
産業労働局宇宙産業・ベンチャー支援担当課長
小柴 安弘さん
神奈川県が取り組む宇宙産業の振興を理解するには、まず県経済の構造を押さえる必要がある。産業労働局が担う県経済の活性化というミッションの前提として、小柴さんは現状を次のように解説する。
「神奈川の経済構造の特徴の1つは、多様性のある『バランス型』だということです。言い換えれば、特定の産業分野に過度には依存していないということです。神奈川というと、電気機械、自動車などの輸送用機械、化学といった特定の『ものづくり』に偏っているイメージもあるかもしれませんが、だいぶ変わってきています。現在は、専門・科学技術、業務支援サービス業なども伸長しています。これは、神奈川には首都圏ならではの利便性があり、専門性の高い人材も集積していることが大きな要因だと考えています」(小柴さん)
他の地域と比較すると、その特徴はより鮮明になる。例えば、愛知県は自動車を中心とする製造業が大きな割合を占め、東京都はグローバル企業の本社機能が集積し、金融・保険業、情報通信などが突出している。これに対し、神奈川県は、製造から建設、卸売・小売、運輸、情報通信、不動産、専門・科学技術、業務支援サービスに至るまで、様々な産業がバランスよくシェアを占めており、多様な経済活動によって豊かな暮らしが支えられている。こうした、特定の分野に過度には依存しない産業構造は、景気変動や社会情勢の変化に対する「経済のレジリエンス(強靱性)」にもつながっている。
「例えば、ある特定の産業が世界的な競争環境の変化などで深刻な打撃を受けたとしても、神奈川県の場合は他の産業がその落ち込みをカバーできる構造になっています。このレジリエンスの高さこそが、県経済の大きな強みの1つです」(小柴さん)

一方で、多様な産業がバランスよく存在することは、行政が産業振興の重点領域を定める上での難しさも伴う。産業すべてに限られたリソースを投下することはできないため、全体を俯瞰しながら成長の芽を見極めなければならないからだ。
「やはり成長性のある領域は戦略的に高めていく必要があります。その一つが宇宙産業であり、県の強みを生かしながら振興していくことが我々のミッションです」(小柴さん)
このように、神奈川県はバランスの取れた産業構造を基盤としながら、次なる成長領域の一つとして宇宙産業を位置づけている。
神奈川県が宇宙産業の振興を本格化させたのは、2025年度からである。同県は、なぜ宇宙領域、とりわけ「人工衛星・サービス」に注力することを選択したのだろうか。そこには、県内にすでに根付いている厚みのある産業集積の存在があった。
「もともと神奈川県内には、探査機「はやぶさ」を生み出したJAXAの相模原キャンパスが立地しており、同時に、気象衛星「ひまわり」、日本版GPS「みちびき」、月着陸実証機「SLIM」、宇宙ステーション補給機「HTV-X」などを製造して日本の宇宙開発を牽引してきたグローバル衛星メーカーの中核拠点が集積しています。それだけではありません。宇宙スタートアップの小型SAR(合成開口レーダー)衛星の量産工場や、衛星製造に不可欠な素材加工、部品の設計・開発・製造、検査、運用といった高度な技術を持つ企業群も、県内に数多く集積してます」(小柴さん)
宇宙ビジネスは世界的に急成長を遂げている市場であり、日本政府も宇宙戦略基金を設置するなど、国を挙げての後押しを進めている。この成長市場に、神奈川県で培われてきた衛星の研究開発・製造の実績とサプライチェーン、他分野を含めた「ものづくり技術」、首都圏ならではの人材・ビジネスの集積を掛け合わせることで、新たな事業機会も創出できるのではないか。この視点が、県の戦略をより明確なものにした。
「世界的な潮流と国の政策的な後押しがある中で、宇宙産業は間違いなく成長性のある分野です。神奈川県としては、数ある宇宙ビジネスの領域の中でも、県内企業が強みを発揮してきた『人工衛星・サービス』を勝ち筋として特定し、そこに注力した支援施策を展開していくことにしました。人工衛星・サービスに取り組んでいる皆さん、あるいは、これから取り組む皆さんは、ぜひ神奈川県に来てみてください」(小柴さん)

この方針に基づき、県は2026年度4月に専門部署である「宇宙産業支援グループ」を新設し、担当スタッフも増員するなど、行政としての支援体制を抜本強化した。黒岩祐治知事も宇宙産業の振興に向けた強い姿勢を示しており、県全体として、既存の強みを生かしながら経済活動を拡大させていくというミッションが明確化されている。
人工衛星・サービスへの注力は、県内に蓄積された技術力と企業のポテンシャルを見極めた上で導き出された、神奈川県らしい現実的な戦略だと言える。
「宇宙自治体」と聞いて真っ先に思い浮かぶのは、ロケットの打ち上げ施設、すなわち「射場」を持つ地域だろう。鹿児島県や和歌山県、北海道などは、射場という分かり易いインフラを背景に、宇宙への取組を進めている。一方、首都圏になる神奈川県は、最先端技術・産業、学術機関、金融、高度人材といったソフトインフラを持つ一方で、射場は持たない。では、そうした自治体が、わかり易く「宇宙」を伝えていくにはどうすればいいのだろうか。
「確かに、射場がある自治体はロケットの打ち上げが大きく報道されるし、観光コンテンツとしてもわかり易い。地域活性化につながります。地元の子どもたちにとっても、『ここからロケットが飛んでいく』という光景は強いインパクトを持つでしょう。でももちろん、「宇宙=射場」というわけではありません。視点を、打上げというイベントからロケット(機器)に、さらには、ロケットの『中身』へと移していくと、神奈川県の強みが見えてきます。」(小柴さん)
小柴さんは、射場で宇宙に向けて打ち上げられる「中身」にこそ、神奈川県が伝えるべき価値とストーリーがあると強調する。
「先ほど申し上げたとおり、気象衛星「ひまわり」をはじめ、数多くの人工衛星が神奈川で製造されてきました。小型衛星の量産工場も、サプライチェーンもある。ちょうど、今年度打ち上げ予定の火星衛星探査機「MMX」も、神奈川で開発され、そして神奈川で製造されたものです。『今打ち上げられているあの衛星は、実は神奈川で作られたものなんだよ』『神奈川で作られた衛星が、月に行ったんだよ。今度は火星まで行くんだよ』と伝えると、県民の皆様は『そうなのか』と驚かれます。さらに『その部品を作っているのは、あなたが住む街の工場なんですよ』というストーリーを提示することで、宇宙が一気に身近なものとして見えてくるのです」(小柴さん)
このストーリーテリングには、2つの明確な狙いが込められている。1つは、県内産業の認知度向上と、それに伴う新たな参入機運の醸成である。行政が積極的に広報し、身近な企業・事業所が宇宙に関わっている事実を可視化することで、「自分たちも宇宙産業に目を向けてみよう」と考える企業・事業所が増えることを期待している。
もう一つは、次世代の人材育成だ。「自分たちの住む街で『宇宙に行く部品』が作られている」という事実は、子どもたちの関心を育み、「将来は自分もそうしたものづくりに関わりたい」という職業観の形成にもつながる。
「射場というわかり易いインフラ、ロケットの打ち上げというイベントがなくても、衛星の開発・製造の確かな実績と、サプライチェーンの集積を、神奈川は持っています。そこをしっかりと可視化し、見せていくことこそが、我々行政の重要なミッションの1つだと考えています」(小柴さん)

県内の産業集積をさらなる成長へと結びつける試みは、大きな可能性を秘める一方で、宇宙業界ならではの課題も抱えている。
「人工衛星のサプライチェーンは、機器に高い信頼性が求められ、また、これまでは製造が必ずしも多くなかったこともあり、限られた既存サプライヤーを中心に形成されていると感じます。そのため、新規参入には一定のハードルを感じることもあると思います。また、情報ギャップも存在します。例えば、新規参入を目指すものづくり企業からは『どのような製品を開発すればよいのかが見えない』という声が上がる一方で、衛星組立を担う企業は『他の産業分野のどの企業が、どのような技術を持っているのか把握しきれない』といった声を聞きます」(小柴さん)
こうした課題認識のもと、神奈川県は今年2月に「かながわ宇宙サミット2026」を開催した。
「従来の宇宙カンファレンスは、専門性の高い関係者向けコンテンツを中心とするものが多かった印象です。でも宇宙サミットでは、実行委員会が中心となり、人工衛星を中心に、専門家向けの「高度なセッション」を用意しつつ、同時に宇宙ビジネスに関心を持ち始めた「新規層が気軽に参加できるようなエンターテインメント性のあるセッション」も同時に企画しました」(小柴さん)
この2層構造の企画が功を奏し、会場には予想を上回る多様な参加者が集まり、高い関心がうかがえた。宇宙関連企業からも、行政が積極的にPRを行うことに対して好意的な反応が得られているという。専門家向けの深い議論と、新規層にも開かれた分かりやすい企画の両立は、参入障壁を下げるうえで有効な手段となっている。
関係者間のネットワークを、継続的なエコシステムとして育てるため、神奈川県は交流拠点も整備している。それが、昨年12月に相模原市に開設された「KANAGAWA Space Village」である。

「ここは、宇宙ビジネスに関心を持つ企業や大学、行政、金融機関などに日常的に活用いただき、交流を促進していくための共創拠点です。登録(無料)した企業などが利用できるコワーキングスペースを中心に、関係者間のネットワーキングを促進し、オープンイノベーションにつなげたいと思っています。同時に、一般の県民や子どもたちが宇宙を身近に感じられるギャラリースペースも併設し、展示等を通じた未来の宇宙人材の発掘にも取り組んでいます」(小柴さん)
産業振興においては、中長期的な視点での人材育成も欠かせない。県では、学生向けの出前講座やサイエンスイベントへの出展などを通じて、宇宙への興味を喚起する取組も並行して進めている。
さらに、小柴さんは「人工衛星(機器)の製造」というハード面だけでなく、「衛星データの利活用」というソフト面でのエコシステム構築にも注力していると語る。
県内で人工衛星を作り、それが宇宙へ打ち上げられ、取得したデータを企業が提供して、県内でソリューションとして活用されていく。神奈川でこの「衛星製造とデータ利活用の両輪」が機能することで、ニーズがさらなる技術開発を生む好循環が生まれる。KANAGAWA Space Villageというリアルな接点を中心に、技術、人材、データが有機的に結びつくことで、神奈川県独自の宇宙産業エコシステムが構築されることを期待している。
行政が新たな産業を育てる上では、「時間軸」をどう設計するかという論点がある。小柴さんは、宇宙産業特有のリードタイムの長さと、行政の事業運営における時間軸の違いについて率直に語る。
「行政の事業は、年度単位で成果を測ることが一般的です。それはそれで必要なことです。しかし、宇宙産業は事業化までに長い期間を要します。立ち上げ当初は収益化まで時間がかかるとしても、将来的な成長が見込めるのであれば、中長期的な視点で取組を継続するという考え方が必要です。継続性が失われるような事態は避けなければなりません」(小柴さん)

小柴さんが目指すのは、行政だけで宇宙産業を支援するのではなく、民間金融システムなどを一層活用して資金を調達できるようにし、ビジネスとして自立・循環するエコシステムの構築だ。そのためには、各ステークホルダーが試行錯誤を重ねながら成功事例を積み上げていくことが重要だという。
「神奈川は、今の強みに安住せず、人工衛星の製造と衛星データの利活用という両輪もうまく回しながら、強固な基盤を築く必要があります。首都圏ならではの金融インフラも有効活用したいと思っています」(小柴さん)
最後に、小柴さんは全国で宇宙産業の振興に取り組む自治体関係者に向けて、次のような示唆を語った。
「自治体同士で強力に連携していきたいと考えています。神奈川で製造された衛星は、他の自治体の射場から宇宙に向かいます。また、産業の『裾野』は非常に広く、例えば、宇宙飛行士の食を支える食品開発も、関連産業の1つです。それぞれの地域の強みを生かして多くの自治体に宇宙に取り組んでいただき、一緒に盛り上げていきたい。連携に向け、ぜひ神奈川県にご連絡いただきたいと思います」(小柴さん)

「自治体はいま、宇宙産業をどのように捉え、どう動こうとしているのか」。SpaceStepを運営する中で寄せられてきたこの問いに向き合うため、本連載を始めました。第1回で訪ねたのは、神奈川県です。取材に先立ち、2026年2月に開催された「かながわ宇宙サミット2026」の会場で目にしたのは、行政、企業、学生が立場を超えて交わり、宇宙産業への関心が世代や業種を越えて広がっていることを実感させる光景でした。
小柴さんの話から見えてきたのは、宇宙産業がもはや一部の専門家や限られた企業だけの領域ではなく、地域経済や産業政策の中に組み込まれ始めているという現実です。「街の工場」が宇宙機器を支え、衛星から得られるデータが暮らしや地域課題の解決に活用される。そこに、神奈川県ならではの宇宙産業エコシステムの輪郭が見えてきます。地域の産業振興は、短期的な成果だけで測れるものではありません。地域に蓄積された技術や人材が、宇宙という成長領域と結びつくことで、どのような産業の広がりを生み出していくのか。SpaceStepは、この変化の最前線を追い続けていきます。(文=JMPプロデューサー 長谷川浩和)
