目に見えず、匂いもない。気候変動の主要因とされる二酸化炭素(CO2)の排出量は、これまで限られた地点の観測や、事業者の自己申告といった要素に依存せざるを得なかった。その実態がつかみきれない曖昧さは、環境対策を装う「グリーンウォッシュ」という世界的な歪みを招く要因となってきた。
2026年3月、この課題を宇宙からの客観的なデータで解決しようとする強力な連合が動き出した。アクセルスペースを代表機関とする4社が、国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)の宇宙戦略基金事業「次世代地球観測衛星に向けた観測機能高度化技術」に採択されたのである。人工衛星、旅客機、そして量子技術。空と宇宙が多層的に重なり合う観測網は、経済活動の根幹となる環境価値を改ざん不能な「事実」へと昇華させようとしている。(文=SpaceStep編集部)
2026年3月30日に発表された本事業は、株式会社アクセルスペース、明星電気株式会社、ANAホールディングス株式会社、株式会社JIJの4社による共同開発プロジェクトである。その核心は、これまで政府衛星が担ってきた大型で高価な分光計を、最新の国産検出器技術によって小型化・低価格化することにある。
この小型センサーは明星電気が開発し、アクセルスペースが衛星への統合と運用を担う。特筆すべきは、ANAの定期旅客便という既存の航空インフラを観測拠点として活用する点だ。高度数百キロの衛星軌道と、高度約1万メートルの航空路。この異なる視点から大都市圏のデータを「朝・昼・夕」の各時間帯にわたって網羅的に取得する。
(引用元:PR TIMES)
さらに、JIJが持つ量子技術を用いた数理最適化により、膨大なデータから特定の工場や地域ごとの排出・吸収量を高速に導き出す。この4社体制のもと、将来的な衛星コンステレーションの構築を視野に、現在は小型センサーの開発と並行して航空機を用いた観測実験を重ねる段階にある。
従来の大型衛星による「点」の観測から、コンステレーションによる「面」の継続的なモニタリングへ。この多層的な観測網が整備されることで、どの発生源からどれだけのCO2が排出され、植物がどこでどれだけ吸収しているのかという、粒度の高い情報を手にすることができる。
本プロジェクトが目指すのは、単なる観測技術の向上を超えた、国際的な環境評価指標における「主導権の獲得」である。
温室効果ガス観測衛星「いぶき(GOSAT)」シリーズで世界をリードしてきた日本の知見を、民間主導のアジャイルなモデルへと転換させる。特定の都市や事業者単位で排出量を可視化できれば、削減努力を公平に評価する土壌が整う。これは、カーボンクレジットや排出権取引の信頼性を支えるための、極めて実効性の高い基盤となる。
また、データの透明性を高めることは、実態を伴わない「見せかけの対策」を排除し、誠実な取り組みに対して適切な経済的インセンティブを与えることにも繋がる。日本が科学的裏付けを持ってデータの標準化を主導することは、グローバルな環境ルールの策定において強力な発言権を獲得することに直結する。
日本の宇宙ビジネスは「画像を撮る」だけの段階から、取得したデータで「国際的な経済秩序を構築する」フェーズへと進展しつつある。4社が挑む高頻度・高精細なモニタリング網は、曖昧だった環境対策を実体のある価値へと変え、日本が世界のサステナブル市場を牽引するための有力な土台となることが期待される。空と宇宙が連携して紡ぎ出すデータは、“ネットゼロ※”という遠い理想を、より計算可能な現実へと変えていくだろう。
※温室効果ガスの排出量と、森林などによる吸収量を差し引きゼロにすること