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2026.05.22

地球の未来は宇宙に聞け。衛星データが拓く社会実装の最前線 【連載】宇宙ビジョンクリエイター 五嶋 耀祥(ひな)の『宇宙人』と話そう

こんにちは。宇宙ビジョンクリエイターの五嶋 耀祥(ひな)です。宇宙ビジネスは、ロケットや探査だけのものではありません。いまや衛星データや宇宙技術は、防災、環境、インフラ、地域課題など、私たちの暮らしやビジネスに直結する領域へと広がり始めています。今回お迎えしたのは、宇宙航空研究開発機構(JAXA)で地球観測衛星の将来ミッション検討に携わり、衛星地球観測コンソーシアム(CONSEO)の活動を支える松尾 尚子さん。幼少期に見上げた夜空から、国際宇宙ステーションでの芸術実験、宇宙飛行士広報、そして衛星データの社会実装へ。松尾さんの歩みを通じて、「憧れ」だけではない宇宙の新しい使い方を紐解きます。(ナビゲーター=五嶋 耀祥/文=SpaceStepプロデューサー長谷川浩和)

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今回のゲスト

JAXA 第一宇宙技術部門 地球観測プログラム戦略室長 /
衛星地球観測コンソーシアム(CONSEO)事務局

松尾 尚子さん

東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻修了。2002年に宇宙開発事業団(現JAXA)へ入社。きぼうモジュールを使った”芸術系”実験の担当や宇宙飛行士広報に携わり、若田光一さん、野口聡一さん、古川聡さんのISS長期滞在支援などを担当した。宇宙実験や衛星データ利用、地球観測衛星の国際協力、将来衛星ミッションの検討に従事。現在は、産学官連携による衛星データの社会実装を推進する衛星地球観測コンソーシアム(CONSEO)の活動を支えている(CONSEOとその活動については本対談にて詳しくご紹介します)

聞き手

ハッピー・ファム合同会社 代表/社会起業家・ITコンサルタント
五嶋 耀祥(ひな)さん

北海道苫小牧市出身。苫小牧工業高等専門学校で情報工学と電子生産システム工学を学び、卒業後はシステムエンジニアとしてビッグデータ解析や業務システムの構築に従事。その後、大学事務職や子育てを経て、2015年にNPO北海道ネウボラを設立し地域支援を開始。2019年にハッピー・ファム合同会社を設立し、DX推進・IT教育・宇宙産業支援・女性や親子支援など多分野で活動。2021年には一般社団法人ファミリー支援INV協会を創設し代表理事を務める。ITと福祉、教育を横断するソーシャルビジネスの担い手として注目される。

幼少期の憧れから、宇宙と人間を問う研究へ

五嶋 本日はよろしくお願いいたします。今回は、JAXAで地球観測衛星の将来ミッション検討に携わり、CONSEO(衛星地球観測コンソーシアム)の事務局としても活動されている松尾尚子さんをお招きしました。松尾さんとは、CONSEOが立ち上がった頃からご縁があります。当時、私は衛星データをもっと多くの人が使えるようにするプラットフォーム構築に関心を持ち、関連するプロジェクトに取り組んでいました。

松尾 はい、五嶋さんがCONSEOに入会された当初から、プレゼンテーションや質疑応答で積極的に手を挙げてお話しされていたのが非常に印象に残っています。

五嶋 あの時は、衛星データをもっといろんな人に触ってもらわないとニーズ開発ができないと思い、地域を巻き込むアプローチが必要ではないかと、総会でも率直に発言させていただきました。まずは読者の皆さんに向けて、CONSEOの概要をご説明いただけますか。

松尾 CONSEOは2022年9月に立ち上げた、地球観測衛星に関わる産業界、アカデミア、行政機関、そしてJAXAなどの関係者を結集するコンソーシアムです。ミッションは大きく3つあります。1つ目は、JAXAの衛星だけでなく民間衛星や民間企業の解析技術も含め、産学官の力を合わせて日本としての地球観測の在り方を提言にまとめ、政府に届けること。2つ目は、官需への依存が大きい宇宙開発分野において、民間でのビジネス拡大を後押しエコシステムを構築すること。3つ目は、気象衛星「ひまわり」などに比べるとまだ認知が十分ではない地球観測衛星の価値を、より多くの人に伝えるアウトリーチ活動です。

五嶋 ありがとうございます。本日は、現在の活動に至るまでの松尾さんの歩みを、幼少期の原点から伺っていきたいと思います。幼少期はどのように宇宙に興味を持たれたのでしょうか。

松尾 小学校2年生の時にハレー彗星が来たことが大きなきっかけでした。その年のクリスマスプレゼントに、兄と私で1つの天体望遠鏡を買ってもらいました。2階のベランダに望遠鏡を置き、こたつを出して、冬の澄んだ夜空をずっと眺めていたんです。

松尾さんの天体望遠鏡

さらに私の心を掴んで離さなかったのは、NHKスペシャルの宇宙をテーマにした番組です。たしか、NHKスペシャルの「銀河宇宙オデッセイ」や「ザ・スペースエイジ 宇宙への挑戦」だったと思います。「宇宙はビッグバンから始まった。では、何もないところから生まれるとはどういうことなのか」。その問いが、幼い私にはあまりにも衝撃的でした。

  松尾さんが当時番組録画していたビデオテープ

五嶋 私も幼い頃にハレー彗星の話題に触れ、天体望遠鏡で星を見る楽しさを知ったのでとても共感します。その後はどのように進路を選ばれたのですか?

松尾 小学6年生の頃には、毛利衛(もうり まもる)さんが日本人として初めてスペースシャトルに搭乗しました。その時、NHKの番組を毎日録画して見ていました。中高生になる頃には宇宙の仕事をしたいと思うようになり、スティーブン・ホーキング博士の本を読んで物理学者に憧れました。実は高校時代、物理は苦手科目だったのですが、「宇宙を仕事にする」という思いを支えに、東京理科大学の応用物理学科に進学しました。半導体などを扱う応用物理の分野を学びましたが、当時の関心は天文や地球惑星科学に向いていたため、それらを体系的に学びたい気持ちが強まっていきました。

五嶋 そこから、どのように本来関心のあった宇宙の分野へ進まれたのでしょうか?

松尾 幸いなことに大学4年生から外部の研究室に行ける制度があり、相模原の宇宙科学研究所に通うことができました。その後、東京大学大学院の地球惑星科学専攻に進学し、そこで3年間学ぶことができたのです。

五嶋 「地球惑星科学」というのは、具体的にどのような学問なのでしょうか?

松尾 地球で起きている自然現象を、陸・海・大気、さらには宇宙との関係も含めて総合的に捉える学問です。地震や鉱物資源から、大気や海洋のプロセスまで幅広く研究します。私はその中でも、高度200kmほどの超高層大気に存在する、希薄な窒素分子の温度を測定するための観測機器の開発に取り組んでいました。まだ知られていない地球のプロセスがあることに驚き、視野が大きく広がりましたね。

五嶋 まだまだ未知なる領域があるのですね。そしてその後、JAXAに入られたわけですが、そこから宇宙ステーションを舞台に、人文社会科学や芸術と宇宙を結びつける取り組みに携わられていたと伺いました。

松尾 はい。入社後の10年間は国際宇宙ステーション(ISS)に関わり、特に最初の6年間は科学的な実験ではなく、人文社会科学的な研究を担当しました。「人が宇宙に行く意味は何か」という根源的な問いに向き合い、東京藝術大学や京都市立芸術大学と共同で、無重力という環境が表現をどう変えるのか、人が宇宙に行ったときに何を表現として残すのかを議論しながら、宇宙ステーションでの芸術実験を15〜20テーマほど企画・実施しました。


宇宙飛行士の言葉が教えてくれた、伝える力の重要性

五嶋 そもそも、大学院で理系の研究をされていた松尾さんが、なぜJAXA(当時はNASDA)で有人宇宙活動や人文社会学の領域に進まれたのでしょうか?

松尾 宇宙科学研究所には本当に優秀な研究者がたくさんいました。だからこそ私は、研究者として同じ道を進むよりも、自分だからこそ向き合える宇宙との関わり方を探したいと考えました。私は「地球を学ぶことは面白い。でも、その地球に暮らしているのは人間です。だからこそ、人がどう宇宙に関わるのかを知りたい」と考え、大学では学べない「有人宇宙活動」に携わるため就職先にNASDAを選びました。入社後に哲学や宗教、法律など、人が宇宙に行くことで人文社会に与える影響を議論できたことは、私のキャリアの中でも最も視野が広がる楽しい経験でした。

五嶋 当時のNASDAでそのような芸術や人文学の研究が行われていたとは驚きです。私もNPO活動で哲学者の方から「なぜその活動をするのか」と問われることが多く、根源的な問いに向き合うという点で通じるものを感じます。その後は宇宙飛行士の広報に携わられたのですね。

松尾 はい。ヒューストンに赴任し、若田光一さん、野口聡一さん、古川聡さんらのISS長期滞在を広報としてサポートしました。広報の仕事を通じて気づいたのは、宇宙飛行士の「言葉の力」のすごさです。宇宙飛行士の皆さんは、何気ない場面で、心に残る分かりやすい言葉をおっしゃるんです。だから、いつも「これはメモしておかなきゃ」と思っていました。例えば、野口さんが無重力での動きを聞かれた際、若田さんの動きを「マグロのようにスイスイ」とたとえ、ご自身については「メダカのようにキョロキョロ」と表現されたことがありました。「そこがメディアで取り上げられるのか」と当時は驚きましたが、本当に分かりやすい表現ですよね。そうしたリアリティのある言葉があるからこそ、宇宙で起きていることが多くの方に届いていくのだと感じました。言葉の重要性を学べたことも、広報の仕事で得た大きな財産でした。

五嶋 本当に分かりやすく、野口さんのお人柄まで伝わる表現ですね。将来、宇宙飛行士を目指す人には、どのような資質が必要だと感じられますか?

松尾 宇宙飛行士の皆さんは大変な努力家ですが、何よりも「楽しむ心」と「ポジティブさ」を持っています。厳しい訓練の中でも、人からの意見を真摯に受け止め、それを自分の成長のステップとして前向きに変換していく。そうした姿勢と高いコミュニケーション能力が、宇宙飛行士の皆さんには共通しているように感じます。

五嶋 宇宙飛行士を目指す人だけでなく、新しい挑戦に向き合う人にも通じるお話ですね。その後、出向などを経て、現在の地球観測衛星データの社会実装のお仕事に就かれたと伺っています。

松尾 はい。2年間の外部機関への出向を経てJAXAに戻り、地球観測衛星にかかる国際会議に関わる業務などを担当しました。その後、現在は地球観測衛星の将来ミッションの立案に携わっています。ここで直面している課題は、衛星データが気象衛星「ひまわり」とは違い、社会の仕組みへの組み込まれ方が十分ではないことです。災害対応、海洋状況把握、洪水予測など、衛星データを活用できる領域は広がっている一方で、既存の行政ガイドラインや現場の運用に衛星データが前提として組み込まれていない場面もあります。数十年前に作られたガイドラインの中には、衛星データの活用が十分に想定されていないものもあります。技術が進化しても、制度や現場の運用が追いつかなければ、社会実装は進みません。その難しさを感じています。

五嶋 そこで、産学官の連携を深めるためにCONSEOを設立されたのですね。

松尾 その通りです。JAXAだけで考えていても限界があり、民間企業や行政との対話を通じて、衛星データでは足りない部分をどう補うか、ルールをどう変えていくかを議論する場が必要でした。また、衛星データをいきなりエンドユーザーに届けるだけでは、社会実装は進みません。衛星データを読み解き、現場の課題に合わせて加工し、使える形に翻訳する中間層が必要です。だからこそ、ITエンジニアの方々に衛星データの面白さを知ってもらい、解析やサービス化を担う人材を増やすことが重要だと考えています。

CONSEOで活動する松尾さん

「地球の未来は宇宙に聞け」憧れから実用の時代へシフトする宇宙

五嶋 私自身もITエンジニアとして衛星データを触ってみたいという思いからJAXAのプロジェクトに関わったので、その課題感には非常に共感します。制度、技術、人材、そして市場。いくつもの壁がある一方で、松尾さんは日本の宇宙ビジネスに大きな可能性を見ています。では、日本はどこに強みを持ち、これからどの市場を見据えるべきなのでしょうか。

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