皆さん、こんにちは。宇宙ビジネスナビゲーターの高山久信です。本連載では毎回、多様なゲストをお招きし、宇宙ビジネスの可能性を「自分ごと」として捉えるヒントを、皆さんと一緒に探っていきます。今回のゲストは、シナノケンシ株式会社の代表取締役社長・金子行宏さんと、同社経営戦略室 NBD推進課 課長の森田翁由さんです。1918年創業の歴史あるモータメーカーが、なぜ宇宙という新たなフロンティアに挑むのか。その挑戦の背景と未来への展望に迫ります。早速お話を伺っていきましょう。(ナビゲーター=高山久信/文=SpaceStep編集部)
今回のゲスト
シナノケンシ株式会社 代表取締役社長
金子行宏さん(写真中央)
1983年、長野県上田市生まれ。東北大学大学院理学研究科化学専攻修了。化学系メーカーで掃除用品の商品開発に携わった後、米ノースウェスタン大学ケロッグ校でMBAを取得。2014年にシナノケンシ入社後は、車載事業や全社マーケティング、新規事業開発を担い、コーポレートブランド「ASPINA」の推進や宇宙分野への展開を牽引。2018年取締役、2021年代表取締役常務を経て、2024年5月に社長就任。技術と経営の両輪で、高付加価値企業への進化を目指す。
シナノケンシ株式会社 経営戦略室 NBD推進課 課長
森田翁由さん(写真右)
東京理科大学卒業後、人材系サービス企業に入社。求人広告営業を6年間担当。2013年にシナノケンシに入社し、関東エリアでファクトリーオートメーション分野等向けのモータ営業を約7年間担当。2021年から3年間、ドイツ拠点でヨーロッパビジネスを担当し、2024年8月から現在のNBD推進課(New Business Development/新規事業開発部署)に所属。
ナビゲーター

株式会社minsora 代表取締役 CEO/宇宙ビジネスナビゲーター
高山 久信さん
1954年、大分県豊後大野市生まれ。高校卒業後、三菱電機に入社し、約40年にわたり人工衛星、ロケットや国際宇宙ステーション関連など、日本の宇宙開発利用に携わる。その後、三菱プレシジョンや宇宙システム開発利用推進機構などで宇宙関連事業に従事。2019年に株式会社minsoraを創業し、地域発の宇宙ビジネスや衛星データ利活用、教育・研修事業等を展開。地方から「宇宙を身近に、地域発のビジネスを創る」活動を続け、現在は、日本ロケット協会理事や九州衛星利活用の会副会長として、産業振興に尽力している。
高山 前回ご出演いただいた日本郵船さんからご紹介いただき、今回は初めて東京を離れ、長野県上田市にあるシナノケンシ株式会社を訪問しています。第4回のゲストは、シナノケンシ株式会社 代表取締役社長の金子行宏さんと、経営戦略室 NBD推進課 課長の森田翁由さんです。本日はよろしくお願いいたします。
金子・森田 よろしくお願いいたします。
高山 まずはお二人のこれまでのキャリアについて教えてください。金子社長は2024年5月に社長に就任されたとのことですが、それまではどのような領域でご経験を積まれてきたのでしょうか。
金子 東北大学大学院で化学修士を取得した後、化学系メーカーに入社し、掃除用品などの商品開発に5年間携わりました。その後、米国ノースウェスタン大学のケロッグ経営大学院に留学してMBAを取得し、2014年にシナノケンシに入社しました。入社後は車載向けモータ事業の企画営業を4年ほど担当し、2018年頃から新規事業開発に深く関わるようになりました。その新規事業の重要なテーマの一つとして宇宙関連事業を立ち上げ、現在に至ります。並行して全社マーケティング活動も担当し、2019年にはコーポレートブランドである「ASPINA」も立ち上げました。
森田 私は東京理科大学で数学を専攻し、卒業後は人材系サービス企業に入社して求人広告の営業を6年間担当しました。若いうちに多くの経営者とお会いし、ビジネスの要諦を学びたいという強い思いがあったためです。その後、2013年にシナノケンシに入社しました。最初の約7年間は関東エリアでファクトリーオートメーション(FA)分野向け等のモータ営業を担当し、そこで新規事業にも一部関わりました。2021年からは3年間、ドイツの拠点に出向してヨーロッパビジネスの開拓を担当し、2024年8月から現在の新規事業を推進する部署に所属しています。現在の部署では、「0から1」の全く新しい事業を生み出す役割と、生み出した事業の卵を大きく育てていく「1から10」の役割の両方を担っており、宇宙事業における企画営業の責任者も務めております。
高山 人材業界の営業から精密モータメーカーへのキャリアチェンジは大変ユニークですね。多様なバックグラウンドとグローバルな知見を持つお二人が、現在は宇宙事業という最先端の領域を牽引されているということで、本日はどのようなお話が伺えるのか、楽しみにしています。
さて、シナノケンシさんは1918年の創業という、100年を超える非常に長い歴史を持つ老舗企業ですが、シナノケンシの事業の変遷と、なぜ非宇宙産業であった御社が宇宙という新たな領域に可能性を見いだし、新規事業として参入するに至ったのか、その経緯を詳しく教えていただけますか。
森田 弊社は1918年に「信濃絹絲紡績」として、シルク事業からスタートしました。その後、産業構造の大きな変化を見据え、1962年から現在の宇宙事業の技術的基盤となる精密モータ事業を開始しました。現在では、家電、住宅設備、自動車(車載)、医療、そしてファクトリーオートメーションなど、多様な業界向けに、60年以上にわたりモータ事業を展開しています。
宇宙事業への参入については、2018年に新規事業を専門に行う部署が立ち上がったことが契機でした。新しいビジネスの種を探す中で、ベンチャーキャピタルに出資をして先端領域の情報収集を進めました。そこで、今後の宇宙産業分野で小型衛星市場がグローバルで大きく拡大するという情報を得たのです。
人工衛星には、人工衛星の姿勢を維持するためのキー・コンポーネントである「リアクションホイール」という可動機構を持つ機器が搭載されています。これは、当社が自動車や医療、FA機器といった厳しい品質が求められる分野で長年培ってきた「小・軽・静(小型・軽量・静音)」の精密モータのコア技術を活かすことができるのではないかと考え、本格的な参入を決定しました。そして宇宙スタートアップであるアクセルスペースさんと協業させていただきながら、搭載機器としての技術を磨き、2024年には初号製品の販売を開始しました。
金子 さらに背景を補足させていただきますと、実は2017年頃から政府系の宇宙案件で技術的なお声がけをいただき、当社内の開発技術本部という将来のコア技術を高める部門において、宇宙向けの開発検討を始めていたという下地がありました。ただ、その時点では明確な事業化の決定には至っていませんでした。
その後、小型衛星を開発する宇宙スタートアップの方々と対話を重ねる中で、宇宙空間でモータが使われる場面を詳細に調査しました。その結果、最も需要が多く、かつ供給面で人工衛星メーカーが深い困りごとを抱えていたのが、先ほどお話しした「リアクションホイール」だったのです。求められる要求スペックを社内の技術陣と検討したところ、「これなら我々の既存技術の応用で十分に開発・製造可能だ」という確かな手応えがあり、本格的な事業化へと舵を切ったというわけです。
高山 なるほど、非常に納得感があります。私も以前、経済産業省所管の財団で宇宙ビジネスの立ち上げ支援に携わってきましたが、全くの「ゼロ」から新しい事業を創出するのは至難の業です。しかし、御社には60年以上かけて磨き上げてきた「精密モータ」という確固たる基礎技術のアドバンテージがあり、そして、まさに小型衛星市場が世界的に立ち上がり始めた絶好のタイミングで情報をキャッチアップできたということが、成功の大きな要因だったのですね。私自身も三菱電機時代に、大型衛星から小型衛星まで幅広いプロジェクトに関わり、小型化、軽量化・低コスト化には苦労しました。御社のように洗練され、既に保有されている民生技術を宇宙仕様に適用していくアプローチは、現在の宇宙産業が求める極めて理にかなった戦略だと強く感じます。
高山 ここからは、シナノケンシさんの宇宙ビジネスの核となる小型衛星向けの「リアクションホイール」について深掘りしていきたいと思います。読者の皆さまの中には「リアクションホイール」と聞いても、ピンとこない方もいるかもしれません。改めて、小型衛星において、リアクションホイールがどのような目的で搭載され、どのような役割を果たしているのかなど、分かりやすく教えていただけますか。
森田 リアクションホイールは、一言で表現すれば「人工衛星の姿勢(向き)を正確に制御するための装置」です。例えば、人工衛星に高性能なカメラが搭載されていて、地球上の特定の場所をピンポイントで撮影したいとします。人工衛星は地球の軌道上を秒速約8キロメートルという超高速で飛行しているため、目的の場所を正確に捉えて撮影するには、軌道上の状況(太陽光圧や地場などの外乱)に応じて人工衛星の向きを極めて緻密に制御しなければなりません。このように、人工衛星のカメラや通信アンテナの向きを目的の方向に狂いなく合わせるために不可欠なのが、リアクションホイールなのです。
金子 加えて、その精度の高さを身近な例であげると「大阪から東京スカイツリーにある1円玉をピンポイントで狙って撮影する」といった、地上では想像もつかないほど、超高精度な姿勢制御が求められているのです。
高山 人工衛星では、超高速で飛行しながら遙か彼方の目標を捉える高い精度が求められるということですね。私からもイメージしやすいように少し補足しますと、リアクションホイールの内部には「コマ」のようなモノが入っていて、それが高速で回転しています。コマが回転することで発生する「ジャイロ効果」を利用して、人工衛星の姿勢を安定させ、宇宙空間で姿勢がぶれないようにする役割を果たしています。人工衛星のサイズが小型・超小型になればなるほど、搭載するリアクションホイールも極小化しなければなりませんし、難易度も飛躍的に跳ね上がります。その過酷な条件において、御社のモータの強みはどのような点で最も発揮されているのでしょうか。
金子 とても分かりやすい補足説明をありがとうございます(笑)。私たちのモータの最大の強みは、「小・軽・静」、つまり小型化、軽量化、静音化を徹底的に追求し続けてきた点にあります。身の回りの家電製品から産業用の高度な自動化機器まで、モータはさまざまな場所で使われていますが、もしそれが大きくて、重くて、うるさかったら、利用者は不快な思いをしますし、製品としての価値も下がります。私たちは、快適で使いやすいモータを提供することで社会に貢献してきました。様々な環境下で使われる民生品市場で培った「小さく、軽く、極めて安定して動く」モータを、高い歩留まりでコストを抑えて量産する技術が、そのまま宇宙用リアクションホイールの大きな強みとして活かされています。
高山 おっしゃる通りですね。現在の宇宙産業において、優れた民生技術の活用(スピンイン)は非常に重要なテーマです。これまでの人工衛星の開発は、政府系研究開発衛星が主体であり、100%の信頼性を追求する、いわば「一品モノ」の職人芸的な作り方でした。しかし、今では米国のスターリンクの様な商業用の小型衛星のコンステレーション(群をなして連携する運用)時代となっています。低コストで大量生産が求められるようになると、従来のやり方ではコストと納期の面で対応が難しくなります。
そこで、御社のように厳しい民生分野で徹底的なコストダウンと品質の安定化を実現してきた企業が参入することは、これからの宇宙産業における新たなサプライチェーンを実現するモデルケースになると考えます。
ところで、地球上とは全く異なる過酷な宇宙環境に対応する製品開発には、特有の技術的障壁もあったかと思います。具体的にどのような点に苦労されたのでしょうか。
森田 リアクションホイールに求められる要件は、地上のものとは根本的に異なります。主に、宇宙空間を飛び交う強い放射線への耐性、空気が存在しない真空環境下での確実な放熱性の確保や潤滑の実現、そしてロケットの打ち上げ時や衛星分離時の激しい衝撃・振動への対策が必須となります。これらの開発要件に対する高度な対策を打っていくことが、求められました。
金子 特に開発陣を悩ませたのが、潤滑剤(ベアリングに使われるグリス等)の宇宙環境対応と、放射線による電子部品への影響です。モータを精密に制御する半導体チップの放射線試験には、専門施設を押さえるだけでも数ヶ月待ちという状況で、長い時間と専門的なノウハウが必要でした。そしてもう一つ、極めて苦労したのが「擾乱(じょうらん)」、つまり無重力空間での微小な振動の徹底的な抑制です。地上であれば空気や装置のあそびなどがわずかな振動を自然に吸収してくれますが、宇宙空間ではモータから発生するごくわずかな振動が、そのまま人工衛星全体の姿勢に悪影響を与えてしまいます。そのため、地上の高度な家電製品に求められる基準の一桁、二桁以下という、極めて高いレベルでの低振動化が要求され、この課題解決には多大な労力と時間を費やしました。
高山 宇宙空間での使用という面での難しさがあったということですね。非宇宙産業からの参入ということで、技術面以外にもビジネス上の難しさがあったと推察します。企業規模や文化の違う宇宙スタートアップとの協業には、どのように取組まれたのでしょうか?
金子 宇宙スタートアップとの協業については、初期段階で「お互いの期待値を合わせる」ことに非常に長い時間をかけました。条件調整から契約締結まで2〜3ヶ月かけて、じっくりと議論を重ねました。スタートアップ側が求める価格や納期へのニーズに応えながら、我々は宇宙環境特有のノウハウをご共有いただき、実証や打ち上げの機会も得ながら、共創を進めていきました。数量に関しても、将来的な量産規模の増加を前提に価格を段階的に調整するトレードオフの関係を構築することで、お互いが完全に納得する形で強固な連携をスタートさせました。
高山 それは非常に賢明かつ戦略的なアプローチですね。私がさまざまな企業を支援させていただく中で、多くの方が「搭載機器・装置を何台買ってくれるのか?」と、短期的な数量を期待してしまいがちです。しかしながら、宇宙スタートアップも新たな事業創出に挑戦しており、宇宙へ参入を目指す非宇宙企業との間で、新たな需要を一緒に創り上げ、中長期的な視点でウィンウィンの関係を構築する事が大事であると考えます。御社の保有技術を最大限に活かしながら、相手と御社の要求事項を丁寧にすり合わせた点は、これから宇宙ビジネスに参入しようとする企業が参考とすべきモデルケースだと思います。
高山 数々の課題を乗り越え、宇宙産業という御社にとって新たな事業領域に参入されたわけですが、この挑戦が御社の事業全体にもたらしたプラスの効果について、経営的な視点から教えてください。
金子 はい。大きく分けて4つの明確な効果がありました。
1つ目は「技術力の向上」です。宇宙という極限環境に対応する高度な振動抑制(擾乱抑制)技術や、真空環境への対応技術は、半導体製造装置などの高度な民生品事業にも直接応用しており、会社全体の技術レベルの底上げに直結しています。
2つ目は「採用活動への大きな好影響」です。宇宙事業を手掛けていることが「未知に挑戦する企業」「高い技術力を持つ企業」の象徴となり、理系・文系問わず多くの優秀な学生の強い関心と採用につながっています。実際の面接で「宇宙事業をやっている」ことを志望理由としてあげる学生が非常に多く、地方に本社を置く同規模の企業と比較しても、優秀な人材を獲得する上で、「宇宙」は極めて強力なPRポイントになっています。
3つ目は「グローバル展開の確固たる足掛かり」となったことです。宇宙関連部品は付加価値が高く単価が高いため、アメリカなど製造コストの高い地域での生産でもビジネスとして十分に成立します。現在、北米での生産を開始しており、海外への設備投資と生産拠点の整備が具体的に進んだことは、当社のグローバル戦略において大きな成果です。
4つ目は「企業文化の変革」です。当社既存事業の枠を大きく超え、宇宙という全く新しい事業領域に挑戦することは、社員のチャレンジ精神を強く刺激し、「自分たちが、会社の未来を創っていくんだ」という当事者意識の醸成につながっています。
森田 加えて、当社では、社長を含め役職名で呼び合わず、上下関係の壁を意識することなく意見交換ができるフラットな社風があります。宇宙事業という困難な課題に直面する中で、部門の枠を越えてチーム一丸で取り組む機会が増え、率直に話し合い、協力し合う文化がさらに強固なものになったと実感しています。
高山 非常に素晴らしい波及効果ですね。宇宙事業が単なる一つの新規事業の枠を超えて、企業ブランドや組織風土といった企業価値そのものを大きく高めていることがよくわかります。一方で、非宇宙産業から参入されたからこそ感じる宇宙事業に対する難しさについても、可能な範囲で教えていただけないでしょうか?