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2026.02.06

南極の次は「月面」へ。ミサワホームとYKKらが挑む、ファスナーで繋ぐ宇宙基地

月面に「服を着せる」ような感覚で、人の住処(すみか)を広げていくことはできないか。そんな一見突飛なアイデアが、人類の月面定住を支える鍵になろうとしている。過酷な宇宙環境において、重厚な資材を積み上げる従来の建築手法はあまりに非効率だ。そこで浮上したのが、軽量な素材を柔軟に繋ぎ合わせる「連結」の技術である。身近な衣服に使われる「ファスナー」の仕組みが、最先端の宇宙基地建設に革命を起こそうとしている。半世紀以上にわたり南極での挑戦を支えてきた知見が、いま究極のフロンティアである月面へと解き放たれる。(文=SpaceStep編集部)

「ファスナー」で宇宙基地を拡張する異色のカルテット

2026年1月22日、日本の宇宙開発を加速させる新たなプロジェクトが動き出した。ミサワホーム株式会社、株式会社ミサワホーム総合研究所、YKK株式会社、カンボウプラス株式会社の4社による共同提案が、JAXAの宇宙探査イノベーションハブが実施する第13回研究提案募集「Moon to Mars Innovation」に採択内定されたのである。研究テーマは「月面基地構築に資するフレキシブルで施工性の高い空間連結技術の開発」。文字通り、月面で基地同士を繋ぎ合わせ、空間を広げていくための技術である。

(引用元:PR TIMES

宇宙産業の市場規模は2040年までに1.1兆ドルまで拡大すると予測※されており、月面開発は世界的な競争の最中にある。その持続的な開発を実現する上で大きな「壁」となっているのが、「輸送コスト」と「施工の手間」だ。地球から完成した巨大な建物を運ぶのは現実的ではなく、現地で複雑な溶接や組立工事を行うことも、分厚い宇宙服を着た飛行士やロボットにとっては困難を極める。

※:(Morgan Stanley,2020年7月)

そこで有力視されているのが、小型のモジュール(居住ユニット)を地球から運び、月面でそれらを連結させて空間を拡張していく手法だ。この「連結」の鍵を握るのが、今回集結した異色の4社連合である。中心となるミサワホームグループは、建物の工業化技術や断熱・気密のノウハウを提供する。そして、そのユニット同士を繋ぐための要素技術として白羽の矢が立ったのが、YKKの「スライドファスナー」と、カンボウプラスの「膜材」だ。

(引用元:PR TIMES

従来の建築常識では、建物の接合にはボルトや重厚な金具が用いられる。しかし、極限環境である月面において、より簡易に、かつ確実に気密性を保ちながら接続するために、ファスナーという身近な機構が採用された点は非常に興味深い。テント素材などの膜材技術と組み合わせることで、軽量かつ柔軟に、そしてあたかも「ジッパーを上げる」ような感覚で基地を拡張できるシステムの構築を目指す。今後、2026年4月から2028年3月にかけて、JAXAも加えた5者体制で、要素レベルでの宇宙実証も視野に入れた技術開発が進められる予定だ。

極地から宇宙、そして地上へ。技術が描く「循環のループ」

このプロジェクトが単なる夢物語ではなく、高い実現性を予感させる理由は、その背景にある「南極」での実績だ。

ミサワホームは50年以上にわたり、南極・昭和基地の建設を支援してきた。ブリザードが吹き荒れ、作業時間が限られる極地において、いかに素早く、確実に暖かい住まいを作るか。その極限環境で磨き上げられた「工業化技術」と「簡易施工」のノウハウが、月面という次のフィールドで活かされようとしている。

実際、今回の提案のベースとなっているのは、2019年に南極で行われた「南極移動基地ユニット」の実証実験だ。そこでは、専門的な知識を持たない作業者でも容易に建物の拡張・縮小ができる「セルサイクル工法」が検証され、その過程でYKKのファスナーやカンボウプラスの膜材の有用性がすでに見出されている。つまり、地球上で最も宇宙に近い環境と言われる南極で、技術の種はすでに芽吹いていたのだ。

さらに重要なのは、これらの宇宙技術開発が一方通行ではない点だ。宇宙開発で培われた知見は、すでに私たちの生活へと還元され始めている。2023年にミサワホームが発売したトレーラーハウス「MOVE CORE」は、南極での移動基地ユニットの技術を応用したものだ。災害時には即座に被災地へ移動し、安全で高品質な居住空間を提供するこのプロダクトは、まさに「宇宙技術の地上実装」の好例といえる。

「月面基地を作る」という挑戦は、遠い未来の話のように聞こえるかもしれない。しかし、そこで求められているのは、限られた資源を有効に使い、過酷な環境から人間を守り、快適な暮らしを作るという人類にとって普遍的な課題への回答だ。南極から宇宙へ、そして再び地上へ。日本のものづくり企業が描く技術の循環は、私たちの未来の暮らしをより安全で豊かなものへとアップデートしていくだろう。