皆さん、こんにちは。宇宙ビジョンクリエイターの五嶋 耀祥です。今回ゲストにお招きした「宇宙人」は、北海道・標津町(しべつちょう)を拠点に農業DXを手がける、エゾウィン株式会社 代表取締役CEOの大野 宏さんです。大野さんが手がける農作業支援システム「レポサク」は、農業車両などの位置情報をもとに、広大な農地で進む作業をリアルタイムに可視化します。現在は、準天頂衛星システム「みちびき」による高精度測位にも対応しています。
この事業の出発点は、「宇宙」ではありません。北海道で育ち、漠然と「旅人になりたい」と思いながら、縁あってアメリカへ。帰国後はインターネットビジネスに携わり、大学卒業後に起業します。その後、故郷へ戻って農業に関わる中で受けた「手書きの日報を何とかできないか」という相談が、現在の事業の原点となりました。日報作成を自動化するためにGPSを使い、農作業をより精緻に捉えるために測位精度を高めていく。その先で出会ったのが「みちびき」でした。技術ありきではなく、現場の課題から必要な技術を選んでいく。そのアプローチは、宇宙産業の外にいる企業が宇宙技術との接点を考えるうえでも参考になるはずです。
「旅人」を夢見た青年は、なぜ北海道の農業に入り、衛星測位を使う事業を立ち上げることになったのか。大野さんの歩みをたどりながら、衛星測位が農業の現場をどう変え、その先にどのような未来を描いているのかを伺います。(ナビゲーター=五嶋 耀祥/聞き手・文=JMPプロデューサー 長谷川浩和)
【連載一覧】宇宙ビジョンクリエーター 五嶋 耀祥の『宇宙人』と話そう
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今回のゲスト

エゾウィン株式会社 代表取締役CEO
大野 宏さん
北海道標津郡中標津町出身。2007年、東北芸術工科大学卒業後、山形県で玩具の輸入販売事業を創業。Webサービスの企画・開発などを手がけた後、2016年に北海道へUターンし、農業の現場に携わる。そこで得た課題意識をもとに農作業支援システムの開発を進め、2019年にエゾウィン株式会社を設立。現在は、衛星測位技術を活用した「レポサク」をはじめ、農業DXや野生鳥獣対策など、地域の課題解決に取り組んでいる。
聞き手

ハッピー・ファム合同会社 代表/社会起業家・ITコンサルタント
五嶋 耀祥(ひな)さん
北海道苫小牧市出身。苫小牧工業高等専門学校で情報工学と電子生産システム工学を学び、卒業後はシステムエンジニアとしてビッグデータ解析や業務システムの構築に従事。その後、大学事務職や子育てを経て、2015年にNPO北海道ネウボラを設立し地域支援を開始。2019年にハッピー・ファム合同会社を設立し、DX推進・IT教育・宇宙産業支援・女性や親子支援など多分野で活動。2021年には一般社団法人ファミリー支援INV協会を創設し代表理事を務める。IT、福祉、教育を横断しながら、地域課題の解決と宇宙産業の裾野拡大に取り組んでいる。
五嶋 大野さんとは、北海道のスタートアップや宇宙関連のイベントなどを通じて、これまで何度かお会いしてきました。エゾウィンの事業には以前から関心を持っていました。今日は事業そのものに入る前に、大野さんがどのような経験を重ねて現在に至ったのか、そこから伺わせてください。
大野 出身は北海道の中標津町です。「人口より牛の方が多い」と言われる地域ですが、実家が農家だったわけではありません。子どもの頃から、人に言われたことをそのままやるのは得意ではありませんでした。決められたことに従うより、自分で考えて動く方が好きでした。その感覚は昔から強かったと思います。一方で、マラソンや水泳、サッカーなど、スポーツにはかなり取り組んでいました。
五嶋 この連載では、幼い頃から宇宙に憧れ、その延長線上で現在の仕事に就いた方にも多く登場いただいています。大野さんはどうでしたか。
大野 宇宙への強い関心はありませんでした。記憶にあるのは、スペースシャトル・エンデバーの打ち上げくらいです。
それよりも、当時は漠然と「旅人になりたい」と思っていました。高校にも行かず、旅をしながら生きていきたいと思っていたくらいです。
五嶋 「旅人になりたい」というのは印象的ですね。何か目的地があったというより、「知らない場所へ行ってみたい」という感覚だったのでしょうか。
大野 そうですね。知的好奇心もありましたし、何かに縛られたくないという感覚も強かったと思います。結局、高校は卒業しました。その後、母の勧めもあってアメリカへ渡り、2年半ほど滞在しました。英語ができたわけでもありませんし、明確な目的があったわけでもありません。ただ、そこで初めてパソコンに触れました。オンラインチャットやゲームをきっかけに、インターネットの世界にのめり込んでいきました。
五嶋 そこで初めてパソコンに触れた。その後、帰国して東北芸術工科大学へ進まれますが、インターネットへの関心は続いていたのですか。
大野 当時、インターネットビジネスを学べるコースがありました。大学に通いながら、海外のオークションを利用して、玩具などを輸入代行して販売していました。学生の頃から、インターネットを使って商売をしていました。
五嶋 卒業後は就職ではなく、起業を選ばれています。
大野 就職するか、大学院へ行くか、インターンをするか、起業するか。いくつかの選択肢を考えました。社長業のことは何も分かりませんでしたが、社長はいつ始めても最初は一年生です。だったら、もう会社をつくってしまおうと思ったんです。そこで2007年に会社を立ち上げ、トレーディングカードゲームの輸入販売や輸入代行を始めました。
五嶋 現在とはまったく異なる事業ですが、この最初の起業で得た経験は、今の経営にも残っていますか。
大野 今の事業にもかなり生きています。さまざまなWebサービスをつくりましたし、うまくいったことも、うまくいかなかったこともありました。そこで学んだのは、自分がつくりたいサービスと、顧客が本当に必要としているサービスは必ずしも一致しないということです。自分たちがつくりたいものを優先するのではなく、まず相手が何を必要としているのかを見る。そのことは、最初の事業でかなり学びました。その経験は、今のエゾウィンの事業づくりにも大きく影響しています。
五嶋 その後、北海道へ戻ることになります。現在につながる大きな転機ですが、当時から次の事業を考えていたのでしょうか。
大野 いえ。父の体調をきっかけに北海道へ戻ったのですが、その頃は、むしろ事業から離れようと考えていました。そんな時期に、たまたま立ち寄った本屋で行者にんにくの栽培の本を見つけました。子どもの頃、父とよく山菜採りをしていたこともあって、偶然興味を持ったんです。しかも著者が実家のすぐ近くに住んでいると知って、すぐに連絡を取りました。直接お話をして、その場で栽培を手伝うことを決めたんです。
五嶋 大野さんのお話には「たまたま」が何度も出てきますが、その後の行動が早いですよね。
大野 ありがとうございます(笑)。行者にんにくの栽培を手伝うようになって、そこから農業の現場に関わるようになりました。その中で、TMRセンターのマネージャーと知り合いました。TMRセンターは、分かりやすく言えば牛の「給食センター」です。地元の酪農家が育てている牛に、餌を日々供給しています。その方から、「システムをつくれるなら、手書きの日報を何とかできないか」と相談されたんです。
五嶋 農業の現場に入ったことで、それまで培ってきたITの経験が、思いがけない形で生きてきたんですね。
大野 そうですね。ただ、「農業には大きな市場があるから事業を始めよう」と考えたわけではありません。当時は市場規模も分かっていませんでした。目の前に困っている人がいて、自分が持っているITの知識で何かできるかもしれない。それなら、まずやってみる。出発点はそれだけでした。
五嶋 最初は、どのような仕組みを考えたのですか。
大野 手書き日報をタブレット入力に置き換えることは考えましたが、それでは根本的な解決にならないと思いました。農作業をしている人にとって、日報を書くこと自体が負担になっている。
それを紙からタブレットに変えても、入力という作業は残ります。むしろ新しい操作を覚える必要が生じれば、現場の負担を増やしかねません。だったら、入力そのものをなくした方がいい。そこで、GPSを使って作業を自動的に記録する仕組みを考えました。
五嶋 紙をタブレットに置き換えるだけでは、現場の負担はなくならない。そこで「入力そのものをなくす」と考えたわけですね。
大野 以前の事業で、サービスは使ってもらえなければ意味がないと痛感していました。だから、農業でも現場で無理なく使い続けられることを大切にしました。機能を増やすことより、「簡単」で「何もしない」で使える仕組みにしたかったんです。ただ、私は農業の専門家ではありません。農機具の名前も、専門用語も分からないところからのスタートでした。
だから現場へ行って、「これは何の作業ですか」「この機械は何をするんですか」と聞きました。現場の邪魔にならないように農作業を見て、時には手伝う。そうやって少しずつ農業を覚えていきました。
試作品をつくると反応が良かったので、今度は「なぜ評価されているのか」を確かめたくなった。それで車中泊をしながら各地のTMRセンターを回り、経営者やマネージャーから話を聞きました。
五嶋 試作品の反応が良かったからこそ、「なぜ使ってもらえるのか」を自分の目で確かめに行ったんですね。
大野 そうですね。そして、現場に入って感じたのは、課題だけではありませんでした。
むしろ強くなったのは、農業に携わる人たちへの敬意です。土地に根を張り、自分たちで考え、自然と向き合いながら仕事を続けている。そういう人たちの強さに、圧倒されました。
五嶋 その試行錯誤から生まれたのが、現在の農作業支援システム「レポサク」です。改めて、どのようなサービスなのでしょうか。
大野 GPSロガーを農業車両などに搭載し、取得した位置情報をサーバーへ送ることで、作業の進捗や車両の動きを可視化するサービスです。北海道の農業では、広大な農地に複数の車両や作業者が分散しています。誰がどこにいて、どこまで作業が終わっているのか。それを把握するだけでも大きな負担になります。
レポサクを使えば、それぞれの位置や走行軌跡、作業の進捗をリアルタイムで共有できます。さらに、どの圃場で、どのくらいの時間、どのように作業したのかを記録できる。日報を自動化するだけではなく、日々の作業そのものをデータとして残せる。日報の自動化から始まりましたが、今は、現場で起きていることをデータとして残すところまでが重要だと考えています。

「レポサク」により、農作業の進捗や車両の位置をリアルタイムで可視化できる(資料提供=エゾウィン)
五嶋 現在は準天頂衛星システム「みちびき」のCLASも活用されています。農業では、なぜ高精度な測位が必要なのでしょうか。
大野 例えば畑作では、30センチ程度の幅まで作業状況を捉えたいケースがあります。位置情報の精度が粗ければ、「この辺りで作業した」ということまでは分かっても、実際にどのように作業したのかまでは正確に残せません。
一方、酪農の飼料作業では9メートル程度の作業幅がある場合もあります。その用途であれば、創業当初に使っていたサブメートル級の測位でも対応できました。しかし、畑作へ用途を広げていくと、より高い精度が必要になる。そこで「みちびき」のCLASを活用するようになりました。
「レポサク」は「みちびき」のCLASに対応。高精度な位置情報を継続的に取得し、農作業の走行軌跡を詳細に記録する(資料提供=エゾウィン)
五嶋 以前この連載では、内閣府の三上建治さんから「みちびき」を整備・普及する側のお話を伺いました。今回は、そのインフラを北海道の農業現場で実際に使う側から話を伺っています。同じ技術を両側から見ることで、「みちびき」が社会でどう使われているのかが、より具体的に見えてきます。
大野 ただ、僕自身は最初から「みちびきを使おう」と考えていたわけではありません。GPSも、サブメートル級測位も、必要になってから学びました。本を読んだり、メーカーを調べたり、さまざまな機器を比較したりしながら、自分たちの用途に必要なものを探していった。必要な精度を追っていった結果、CLASにたどり着いたという順番です。
五嶋 「この技術を何に使えるか」から始めたのではなく、「この課題を解くには何が必要か」を考え続けた。その結果として、衛星測位にたどり着いたんですね。
大野 そうです。高精度な位置情報を残せるようになると、単に「どこにいたか」だけではなくなります。車両がどのルートを通ったのか。どこで旋回したのか。どこで、どれくらい滞在したのか。そこまで捉えられると、位置情報は単なる「場所の記録」ではなく、現場で何が起きたのかを残す「作業の記録」になります。
五嶋 実際にレポサクを導入した現場では、どのような変化が生まれていますか。
大野 導入先では、作業効率が18%向上した事例があります。また、無線で連絡を取り合う回数も減りました。農業の場合、この18%は単なる効率化の数字ではありません。農作業は天候に大きく左右されます。例えば、作業期間を10日から8日へ短縮できたとすれば、その2日には大きな意味があります。雨が降る前に作業を終えられるかどうかにも関わってきます。
レポサクの導入効果。作業効率の向上や無線連絡、事務作業時間の削減などが報告されている(資料提供=エゾウィン)
五嶋 農業の場合、効率化がそのまま天候リスクへの対応にもつながる。単に作業時間を短縮する以上の意味があるわけですね。
大野 そう思います。もう一つ大きいのが、コミュニケーションです。以前なら無線で「あとどれくらいで終わる?」と聞いて、「もう少しです」と答える。「もう少し」が10分なのか、1時間なのか、あるいはどの程度の面積なのかは、人によって感覚が違います。
ところが、作業の進捗を地図上で共有できれば、全員が同じ情報を見て判断できます。経験の浅い人でも、「こちらの作業がもうすぐ終わるから、次はあちらへ向かおう」と考えられる。熟練者がすべてを指示しなくても、それぞれが状況を見ながら動けるようになります。
五嶋 見える化によって変わるのは、管理者の把握だけではないんですね。現場の一人ひとりも同じ状況を共有し、自ら次の行動を判断できるようになる。
大野 そうですね。僕は、データを集めて可視化しただけではDXとは言えないと考えています。計画して、実行して、データを集める。そして分析し、改善につなげる。そのサイクルを回して、初めて成果が生まれる。レポサクも、「位置が見えるサービス」で終わるつもりはありません。現場を改善していくためのデータ基盤にしたいと考えています。
五嶋 そのデータは、今後AIの活用ともつながっていきそうですね。
大野 AIを使う時代だからこそ、元になるデータの質がより重要になると思っています。精度の低いデータを大量に集めても、そこから得られる分析には限界があります。できるだけ事実に近い、精度の高いデータを蓄積し、それをAIに渡すことで、分析や予測の精度も高められる。AIをどう活用するか以前に、分析の土台となるデータを、どれだけ高い精度で残せるか。その意味でも、高精度な測位データには価値があると考えています。
五嶋 GPSはスマートフォンにも入っていますから、多くの人にとってすでに身近な技術です。その一方で、「位置情報はすでに十分に取れている」と考えてしまいがちです。
大野 同じ位置情報でも、精度や取得頻度、どれだけ継続して記録するかによって、データとしての価値は変わります。単に「どこにいたか」を知るだけなら、そこまで高い精度は必要ありません。
一方で、「どのように動いたのか」「どこで何をしていたのか」まで把握しようとすれば、求められる精度は変わります。位置情報の精度を高めることで、これまで見えていなかった作業の特徴や改善点が見えるようになる。そこまで捉えられて初めて、作業の分析や改善に使えるデータになると思っています。
五嶋 位置情報を高精度に、継続して残すことで、「どこにいるか」だけでなく、「そこでどのような作業が行われたか」まで見えてくるわけですね。
大野 そうですね。高精度な位置情報を継続して残すことで、現場そのものをデータとして捉えられるようになると思います。
五嶋 エゾウィンがその先に見据えているのが、農業の自動化・無人化ですね。
大野 私たちは「日本の食を支える」ことをミッションに掲げています。農業に携わる人が減っていく中で、これまでと同じ人数を前提に農地を維持することは難しくなります。だからこそ、より少ない人数でも農業を続けられる仕組みが必要になる。
ただ、僕たち自身がロボットやトラクターを開発しようとしているわけではありません。
今後、さまざまな企業からロボットや自動運転農機が出てくると思います。僕たちが担いたいのは、それらを「どう動かすか」というオペレーションの部分です。
エゾウィンが描く「自動農場実現の5つのステップ」。現在は収益モデルの構築を進めている(資料提供=エゾウィン)
五嶋 将来の自動化を考えるためにも、今、人がどう作業しているのかをデータとして残しておくことが重要になるんですね。
大野 例えば、熟練した農家の方が持っている「勘・コツ・経験」を、すべて言葉で説明するのは難しいですよね。でも、その人がどこを走ったのか。どこで止まったのか。どのような順番で作業したのか。実際の行動には、長年積み重ねてきた経験が表れています。そうした行動を高精度な位置情報として蓄積できれば、熟練者の「勘・コツ・経験」の一部を、データとして残せる可能性があります。
さらに分析し、シミュレーションへつなげることができれば、将来、ロボットや自動運転農機をどう動かすべきかを考えるための基盤にもなる。
五嶋 熟練者の暗黙知をどう次代へ継承するか。これは農業に限らず、人手不足や技能継承に向き合う多くの産業に通じるテーマですね。
大野 そうだと思います。位置情報は、そのための重要なデータの一つになると考えています。
五嶋 SpaceStepでは「宇宙ビジネスを身近にする」を掲げています。ただ、宇宙産業以外の企業からすると、「宇宙技術を自社の事業にどう結び付ければいいのか分からない」というのが率直なところだと思います。
大野さん自身も、宇宙とは異なる場所からこの領域へ入ってきました。では、宇宙産業の外にいる企業が宇宙技術を事業に取り入れようとしたとき、どこから考え始めればいいのでしょうか。
大野 最初から「宇宙を使おう」「GPSを使おう」と考えなくてもいいと思います。まず現場を見ることです。人がどう動いているのか。車両がどう動いているのか。どこに無駄があり、誰が何に困っているのか。その課題を突き詰めていけば、必要な技術は後から見えてくると思います。
五嶋 大野さん自身も、農業現場の課題からGPSへ進み、さらに精度を求めた結果、「みちびき」へたどり着いています。レポサクは、まさに「現場から必要な技術を探す」という順序で生まれたサービスなんですね。
大野 そう思います。例えば農業に関心があるなら、農業のアルバイトをしてみてもいい。まず現場へ行って、実際に働いてみる。今はAIを使えば、さまざまな情報を簡単に調べられます。だからこそ、現場に行って、自分で見て、自分で感じることの価値は、むしろ高くなると思っています。
五嶋 私自身、ITやDXに関わってきた中でも、技術と現場の距離をどう縮めるかは常に大きなテーマでした。宇宙技術から用途を考えるだけでなく、農業や地域産業が抱える課題の側から、使える技術を探していく。そうした発想が、宇宙産業と既存産業の接点を増やしていくのかもしれません。
大野 衛星測位が使える場所は、農業だけではありません。エゾウィンでは、野生鳥獣対策や除雪にも位置情報を活用しています。さらに、多くの車両の動きを把握できれば、災害時にどこで道路が詰まっているのか、どこを優先して支援するべきなのか、といった判断にも応用できる可能性があります。
エゾウィン一社ですべてを担う事はできません。いろいろな企業がGPSや衛星測位を使い、それぞれの現場で新しい用途をつくっていく。そうやって衛星測位の活用領域が広がっていけばいいと思っています。
五嶋 今日、大野さんの歩みを最初から伺ってきました。宇宙を目指していたわけでも、農業を仕事にしようと考えていたわけでもない。それでも、今日ここまで伺うと、それぞれの経験が今の事業につながっているように見えます。
大野 自分では、本当に「たまたま」の連続だと思っています。
五嶋 確かに「たまたま」は多い。でも、お話を聞いていると、そのたびに、ご自身で動いていますよね。「旅人になりたい」と思いながら、縁があれば海外アメリカへ行く。
農業に出会えば現場へ入る。必要な技術があれば、自分で学ぶ。「たまたま」の後には、大野さん自身の行動がある。その繰り返しだったように感じます。
大野 そういう意味では、僕は「やりたい」と「やる」が直結する状態がいいと思っています。やりたいと思っていても、実際に動かなければ何も始まりません。僕自身、考えて何もしないより、まずやってから考える方が早いと思っています。やってみれば、そこで初めて分かることがあるし、次に何が必要なのかも見えてきます。
五嶋 今回、大野さんのキャリアをここまでじっくり伺う機会は、私自身も初めてでした。今日のお話を聞いて、「『やりたい』と『やる』を直結させる」という言葉が、これまでの大野さんの選択と重なって聞こえました。
宇宙ビジネスも、必ずしも「宇宙から始める」必要はないのかもしれません。自分が向き合いたい現場へ行き、課題を知り、必要な技術を探す。その解決手段の一つとして、衛星測位をはじめとする宇宙技術がある。今日はありがとうございました。
大野 ありがとうございました。
取材を終えてまず感じたのは、大野さんの自然体な姿でした。漠然と「旅人になりたい」と思いながら、縁あって渡ったアメリカでインターネットに出会い、起業する。そして一度は事業から離れようと北海道へ戻った先で農業と出会い、再び会社を立ち上げた。
大野さん自身は、こうした転機を何度も「たまたま」と表現します。けれど、その「たまたま」の先では、いつも大野さん自身が動いています。その時々で面白いと思ったことに素直に向き合い、自分で次の一歩を選んできた。だからこそ、「『やりたい』と『やる』を直結させる」という言葉にも力みがありません。何かを成し遂げるために掲げた哲学というより、大野さんがこれまで自然に実践してきたことを言葉にしたものなのでしょう。
JMPでさまざまな産業の挑戦を取材している私にとって、もう一つ印象的だったのが、大野さんと宇宙技術との出会い方でした。大野さんは、「宇宙で何ができるか」から事業を始めたわけではありません。「手書きの日報を何とかしたい」という現場の課題を追い、その解決に必要だったからGPSを使い、さらに精度を求めた先で「みちびき」にたどり着いた。農業現場の課題を一つずつ追った結果、宇宙技術にたどり着いた。私は、この「順序」がとても重要だと感じました。
宇宙産業の裾野を広げるには、「この宇宙技術をどこで使えるか」と用途を探すだけでは十分ではないのだと思います。農業をはじめとする既存産業の側から課題を見つめ、その解決策として宇宙技術と出会う。そうした接点を増やしていくことも必要です。日本各地の現場には、まだ宇宙とは結び付いていない課題があります。その一つひとつが、新しい宇宙ビジネスの入口になり得るのではないでしょうか。
今回はオンラインでの取材でしたが、次に北海道を訪れる際には、ぜひ大野さんと再会し、実際の現場にも足を運びたいと思います。SpaceStep、JMPとしても、宇宙と既存産業が交わる現場をこれからも取材し、その挑戦を伝えることはもちろん、新たな共創が生まれる接点をつくっていきます。(文=JMPプロデューサー 長谷川浩和)