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2026.04.17

欧州の宇宙戦略とルクセンブルクが築くエコシステム~【連載】世界基準で読む宇宙ビジネス

SpaceStep読者の皆さん、こんにちは。株式会社2moonの伊巻和弥です。本連載「世界基準で読む宇宙ビジネス」では、世界各国で進む宇宙産業の動向を、少しでも身近に感じていただき、日本がそこから何を学び、どのように世界基準で戦っていくべきかを探ります。第3回のテーマは、欧州とルクセンブルクです。近年、ウクライナ危機などを背景に、欧州の宇宙開発は安全保障を強く意識する形へと大きく変貌を遂げています。記事前半では欧州全体のダイナミックな政策転換や日本との戦略的な連携について解説。後半では、小国ながら宇宙産業において特異な存在感を放つルクセンブルクの戦略について深掘りしてお伝えします。では、今回も始めましょう。(解説=株式会社2moon/文=SpaceStep編集部)

株式会社2moon
伊巻 和弥さん

新潟県上越市出身。宇宙業界で30年以上にわたり、有人宇宙飛行、人工衛星、および探査ミッションなど多彩なシステム設計・運用に従事。株式会社2moonを2023年に設立し、宇宙ビジネス参入支援、衛星打ち上げ支援、宇宙開発技術支援、地方創生・DX支援、企業コンサルティング、宇宙を活用したSTEM教育など幅広く展開。

これまで、米国の有人宇宙ミッションや国際宇宙ステーション(ISS)に関わるマニピュレータ開発・運用、月・火星探査プロジェクトの運用設計、そして衛星データを活用した地方自治体や産業向けの実証事業などを主導。深い技術知見と国際調整力、幅広いネットワークを背景に、40社以上のコンサルティング実績を持つ。

地政学リスクで激変する、欧州宇宙ビジネスと安全保障の最前線

前回は台湾の宇宙ビジネスについて解説しましたが、今回は視点を欧州へと移し、欧州宇宙機関(ESA)の動向や、近年急速に変化しつつある宇宙ビジネスの潮流についてお話しします。まず、欧州の宇宙政策の大きな方向性について触れておきましょう。

ヨーロッパの宇宙機関であるESAは、加盟国で合意された長期的なビジョン「Strategy 2040」を推進しています。

(資料提供=株式会社2moon)

このビジョンでは、地球環境や気候の保護が最優先課題として掲げられています。欧州は伝統的に環境保護への意識が高く、宇宙開発においても平和利用や環境問題解決への貢献を重視してきました。例えば、EUが主導する地球観測プログラム「コペルニクス計画」では、1日に350以上のデータセットがユーザーに無償で提供されており、気候、農業、災害管理などの分野で活用され、関連するビジネスの発達を促しています。

また、自立性と競争力の確保も重要なテーマです。基盤インフラとしての打ち上げ能力を確保するため、主力ロケットであるアリアン6の運用安定化が進められています。同時に、NASAやJAXAなどとのグローバルパートナーシップの深化や、宇宙を通じたインスピレーションの創出、優秀な人材の確保にも積極的な姿勢を見せています。しかし、こうした平和利用を前提とした宇宙開発の歩みは、今、歴史的な転換点を迎えています。

2026年1月27日、28日に開催された「欧州宇宙会議」において、極めて象徴的な議論が交わされました。

この会議での最大の論点であり、ESAから発信された重要なメッセージは「宇宙のレジリエンス(耐攻撃性)」です。

(資料提供=株式会社2moon)

これまで欧州の宇宙ビジネスのカンファレンスなどでは、安全保障に関する話題が表立って議論されることは多くありませんでした。しかし、ウクライナ危機をはじめとする地政学的な変化を受けて、欧州は安全保障を含む「宇宙の自律性」を緊急課題として再定義せざるを得なくなったのです。

ウクライナ危機では、ドローンが戦場を支配し、高度な偵察や攻撃手段として宇宙能力が極めて重要であることが実証されました。同時に、スペースXが運用している衛星インターネットアクセスサービス「スターリンク(Starlink)」のような民間企業が提供する通信インフラが戦場で不可欠な役割を果たしたことで、国家主導の能力ではない外部依存のリスクも浮き彫りになりました。

(資料提供=株式会社2moon)

また、有事の際には宇宙資産が優先的な攻撃対象となり、実際に通信衛星へのサイバー攻撃や、測位衛星(GNSS)へのジャミング(電波妨害)が発生しています。有事において「自分たちの宇宙インフラを守れなければ、誰も助けてはくれない」という厳しい現実が、欧州の宇宙関係者に強い危機感をもたらしたと言えます。こうした脅威認識の高まりから、ESAの枠組みに安全保障や防衛向け技術の開発も明示的に組み込まれることになりました。

低軌道測位や地球観測を統合する新たな取り組みである「ERS(European Resilience from Space)」が始動し、これに対して約13億ユーロ(約2,300億円)もの追加予算がつけられました。さらに、測位衛星ガリレオや地球観測衛星コペルニクスの保護強化、安全保障と民間利用の両方を見据えたデュアルユースの促進などが当面の優先事項とされています。その結果、2026年からの3年間におけるESAの予算は約220億ユーロ(約3兆6,000億円〜3兆7,000億円)で合意され、前回の3年間と比較して32%という大幅な増額となりました。この予算増加の大きな要因が、安全保障分野への投資なのです。

(資料提供=株式会社2moon)

各国の宇宙政策の違いと、深まる日本との戦略的パートナーシップ

欧州全体の予算が大幅に増加する一方で、ESAに加盟する主要国の間では、宇宙政策の重点の置き方に違いが生まれつつあります。安全保障を強く意識し、防衛を牽引しようとする国と、自国の産業育成やビジネスの民間への移転を優先する国との二分化が見られます。

(資料提供=株式会社2moon)

例えばドイツは、ESAへの拠出金額を大幅に増加させ、54億ユーロ(約9,900億円)もの予算を投じて新たなリーダーとして表に出始めています。ドイツは安全保障や汎ヨーロッパ主義を強く牽引する立場を明確にしています。また、ロシアの脅威に直接的にさらされている東欧諸国も、安全保障を強く意識して拠出金を数倍に増やしています。

対照的に、フランス、イタリア、英国、スペイン、そして後ほど解説するルクセンブルクなどは、宇宙産業エコシステムの民間への移転や、自国の産業競争力の強化を主軸に据えています。フランスは15億ユーロ(約2,700億円)の枠組みで産業競争力や国際協力を重視し、英国も衛星通信や衛星データ活用に重点を置いています。日本企業が欧州でのビジネス展開を考える際、安全保障を重視する領域を狙うのか、あるいは民間ビジネスを推進する国々と連携して進出するのか、各国の政策や特徴を見極めた戦略が重要になってきます。

こうした中、日本と欧州の協力関係を象徴する重要な動きがありました。2025年10月28日、東京・日本橋の宇宙ビジネス拠点「X-NIHONBASHI(クロスニホンバシ)」に、ESAがアジア初となる活動拠点を設立したのです。

(資料提供=株式会社2moon)

これは、米国のワシントンDC、ロシアのモスクワに次ぐ世界で3拠点目となります。設立の背景には、ロシアの侵略によって安全保障環境が激変し、宇宙分野でも「信頼できる相手国」との協力を重視する流れが強まったこともあります。日本はG7の一員として、ウクライナ支援や対ロシア制裁において欧州と足並みを揃えており、価値観を共有する戦略的なパートナーとしての優先度が極めて高くなっているのです。

このオフィス設立の目的は、日本との関係を地球観測、科学、探査、商業化など「宇宙の全領域」で高めることにあります。JAXAとの連携加速はもちろんのこと、日本の宇宙産業エコシステムとの協力を深め、企業間の交流や欧州への進出支援プログラムを日本橋の拠点から展開していく構えです。

アジア太平洋の協力窓口として、日本企業にとって欧州市場へアクセスするための強力な基盤となるでしょう。実際に、2026年1月に開催された国際宇宙産業展では、欧州からの出展やプレゼンテーションが非常に目立ちました。

(資料提供=株式会社2moon)

日欧産業協力センターをはじめ、ドイツのAperio Space Technologies、エストニアのCrystal Space、ギリシャのHellenic Technology of Roboticsなど、多彩な技術を持つ欧州企業が日本市場との連携を模索しています。

また、日本側の支援制度も充実してきています。JAXAは海外展開支援として「Co-funded事業推進枠組み(CBPF)」を新たに公開しました。これは、宇宙戦略基金などを呼び水として、両国の宇宙機関が資金や技術の支援を行い、日系企業と海外企業による共同事業を促進する仕組みです。

(資料提供=株式会社2moon)

単なる調達ではなく、国際市場の獲得を目指した共同研究や開発を対象としています。日本企業が欧州に進出する際、現地の企業と組み、JAXAの枠組みも最大限に活用して世界市場を狙う。今後は、こうした複眼的な視点と戦略が不可欠になってくるでしょう。

ルクセンブルクに見る、宇宙資源・金融・データが交差するエコシステム

さて、ここからは欧州のなかでも特異な存在感を放つ国、ルクセンブルクの宇宙産業に視点を移します。ルクセンブルクについては、当社で最高技術責任者を務める原田悟志が詳しいため、ここからは原田に解説のバトンを渡したいと思います。

SpaceStep読者の皆さま、こんにちは。株式会社2moon 最高技術責任者の原田 悟志です。ここからは私が、ルクセンブルクの宇宙産業の現状と可能性についてお話しします。

株式会社2moon 最高技術責任者
原田 悟志さん

2005年、日系航空会社入社。整備管理業務部門にて主に航空機のライン整備や重整備、機体返却整備の調達業務に6年従事。その後米国大学にて航空宇宙工学を学び2013年より宇宙業界へ。国際宇宙ステーションの運用管制官(熱環境制御系リード)を経て2018年にJAXAフライトディレクタに指名され、多数の有人宇宙ミッションを統括。現在はグローバル総合コンサルティングファームにて、宇宙やテクノロジー領域のコンサルティング業務に従事。新たな宇宙エコシステムにおいて、社会への持続可能な価値創造を生み出すという想いの下、2moonへの参画を決意。

ルクセンブルクは、欧州の中心に位置する人口わずか60万人ほどの小国ですが、宇宙産業においては驚くほどの存在感を放っています。打ち上げ能力を持たないこの国が、なぜこれほどの地位を築けたのでしょうか。その理由は、衛星通信、宇宙資源、宇宙金融、データインフラといった“非打ち上げ領域”に対して、戦略的かつ集中的に投資を行ってきたことにあります。

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