宇宙戦略基金は、日本政府がJAXA内に設けた、10年で総額1兆円規模を目指す宇宙技術開発支援基金である。内閣府、総務省、文部科学省、経済産業省の4府省が連携し、民間企業やスタートアップ、大学、研究機関による宇宙分野の研究開発を後押しする。だが、問われるのは採択の可否ではない。採択後、資金をどう活用し、技術を実装へ、さらに事業へとつなげていくかである。本連載では、採択を受けて技術実装と事業化を進める企業のトップに、基金活用の考え方と具体的な取り組みを聞く。今回は、宇宙光通信ネットワークの社会実装に挑むワープスペースの東宏充さんに、衛星光通信の相互接続技術の開発をどう事業化へつなげようとしているのか、同社が描く出口戦略を聞いた。(文=SpaceStep編集部)
教えてくれるのは・・・

株式会社ワープスペース 代表取締役CEO 東宏充さん
宇宙ビジネスというと、ロケット打ち上げや月面探査のような華やかなテーマに目が向きがちである。だが、事業としての現実を見れば、いま勝負どころとなっているのは、そうした象徴的な領域だけではない。どの市場に需要が立ち上がりつつあり、どのレイヤーで自社の強みを発揮できるのか。ワープスペースが狙うのは光通信、さらに言えば、その中核部品であるモデムだ。
同社は宇宙通信領域を専門としつつ、光通信モデムの製造販売を中核事業に据える。加えて、光通信を使うためのエンジニアリングやITソリューションも手がける。ハードを作って終わるのではなく、その活用までを支える形だ。東さんは、光通信が期待される用途を二つに絞る。「ミサイル防衛」と、スターリンクのような衛星通信ネットワークの拡張である。つまり、安全保障と通信インフラの領域だ。
では、なぜ光通信なのか。東さんは、その流れを地上インターネットの進化になぞらえる。かつてネットワークはメタル回線(固定電話)からADSL、そして光ファイバーへと移り変わった。同じことが宇宙でも起きようとしている、という見立てだ。「2019年に私がワープスペースに参画した頃は、まだ光通信は実運用の段階にはありませんでした。ただ、この5年で一気に実装段階へ入りました。宇宙でも電波からレーザー通信へ、ネットワークが光化していく流れは、もはや希望的観測ではなく、現実のものになりつつあると思います」(東さん)
もっとも、ワープスペースが目指しているのは、通信インフラそのものを自ら保有することではない。通信インフラは巨額投資を要する世界であり、スタートアップが単独で正面から参入できる領域ではない。「通信インフラは資本の勝負です。私たちのようなスタートアップが入り込める領域はゼロに近い。だからこそ、僕らは通信衛星ビジネスそのものではなく、サプライチェーンの急所に入っていくことを目指し、光通信端末に不可欠なモデムに経営資源を集中させてきました」(東さん)

通信系のメガコンステレーション(数百〜数万機規模の人工衛星を連携させて運用する巨大な衛星コンステレーション)では、多くの衛星に複数の光通信端末が搭載される可能性がある。その各端末には、送受信を担う光学系とともに、必ずモデムが必要になる。ワープスペースはこのモデムを標準部品化し、各社が自前で抱えている調達や開発の負担を代替しようとしている。
「少ない資本をモデムだけに集中して、規模の経済で勝つ。本来1年かかるような宇宙部品を1カ月で納品できる世界をつくることができれば、自社開発する方が不合理になります。私たちは宇宙通信のサプライチェーンにおける“共通基盤”を作っていきたいんです」(東さん)
東さんは、このポジションを半導体や通信の世界におけるエヌビディアやクアルコムのような存在に重ねている。すべてを支配するわけではない。だが、そこがなければ回らない。そうした部品レイヤーで標準を取れれば、通信市場が広がるほど自社の存在感も高まる。巨大インフラの覇者になるのではなく、その成長のボトルネックを押さえる。日本発スタートアップの勝ち筋として、きわめて具体性の高い戦略である。
では、日本の宇宙ビジネス全体はどの段階にあるのか。東さんの見立ては、きわめて冷静だ。「いま支配的なのは通信と防衛の二つです。それ以外の市場形成はまだ難しい。宇宙探査のような世界は、現時点ではビジネスとして語るには創意工夫が必要な領域だと思っています。日本には、月面探査、デブリ対策、特殊材料など、個別の強みを持つ企業は少なくありません。そうした強みが通信や防衛のような大きな市場と接続されればビジネスになる。逆にそうでなければ継続的なビジネスになりにくいと考えています」(東さん)
宇宙戦略基金をどう見るか。東さんの答えは、現実的だ。
「1兆円規模という数字だけを見れば大きく映りますが、自動車産業のような巨大産業を新たに起こすには十分とは言えません。その視点で考えると、宇宙戦略基金は、産業を一気に立ち上げるお金というより、業界のノウハウを知るための資金、あるいは企業にとって、新たな市場に踏み込むための機会に近いかもしれません。だからこそ、採択後の事業の進め方を明確に設計する必要があると思います」(東さん)
では、ワープスペースが考える「出口」の定義はどのようなものなのか。東さんは、科学技術探査を深めること自体がゴールの企業もあれば、公共ビジネスとしての蓄積を重視する企業もあると、出口戦略が一様ではないことを説明しつつ、ワープスペースは明確な戦略を持っていると語る。
「宇宙戦略基金を使って、これまでの延長線では届かなかった市場に踏み込み、通信領域で世界標準の地位を取りにいく。そのための加速装置として基金を位置づけています」(東さん)

実際にワープスペースが採択されたのは、「衛星光通信の導入・活用拡大に向けた端末間相互接続技術等の開発」である。異なるメーカーの光通信端末同士をつなぐための相互接続技術に加え、軌道投入前の検討をしやすくする評価ツールの開発も含まれる。つまり、単に自社製品の性能を高めるだけではない。異なるプレイヤーが参入しやすい環境を整え、宇宙光通信の利用そのものを広げていくための基盤づくりに近いテーマだ。
では、採択後に何をKPIとして置くのか。ここでも東さんの答えはシンプルだ。
「宇宙分野に限らず製造業で重要となるのは『信頼性』『コスト』『リードタイム』の三つです。この最適化こそが、最終的な競争力を決めます。どれだけ安定して、安く、短く供給できるかが重要です。たとえばスターリンクのように、自前の打ち上げ能力を持つ企業は、ある程度の故障を許容しながら工場生産でコストを落とせます。しかし、多くの衛星事業者はそうではありません。打ち上げを外部に依存する以上、壊れてもすぐ代替できるわけではない。だからこそ、必要以上に高価でもなく、かといって過度に壊れやすくもない、過不足のない信頼性が重要になります」(東さん)
そのうえで、ワープスペースはどの順番で市場へ展開していくのか。まずは地上向け製品から入り、競争環境のなかで実績とシェアを築く。その後、垂直統合型の大手プレイヤーに対して、数、コスト、信頼性、リードタイムで勝負を挑む構えだ。周辺市場から実装力を証明し、そこから宇宙製品へ拡張していく。
基金活用のロードマップも明快だ。1年目は機能ブロックの検証、2年目は信頼性の検証、3年目はシステムとしての検証。この三段階を経て、4年目にフライト品として成立させる。ここで重要なのは、技術実証が自己目的化していないことだ。3年間の検証は、その先の量産と営業に繋がって初めて意味を持つ。
「最後は、何万個というオーダーが来ても、サプライチェーンを通せば即納できる。そこまで持っていきたいと考えています。もちろん、乗り越えるべき壁もあります。一つは、宇宙専用品ではなく民生に近い部品を使いながら、必要な耐久性をどう確保するかという問題。もう一つは、高速処理に伴う熱の処理です。後者は単体製品の設計に閉じず、衛星全体の構造との整合も含めた課題ですので、単に性能の高いモデムを作ればよいわけではなく、衛星の中でどう載るか、どう熱を逃がすかまで含めて設計しなければなりません」(東さん)
では、東さんの考える宇宙ビジネスの面白さとは何か。東さんは「宇宙が楽しいから入ったわけではない」と前置きしたうえで、その魅力を「情報がまだ一般化していない市場に入れること」だと語る。情報が少ないということは、参入障壁であると同時に、価値の源泉でもある。誰も気づいていない余白が残っているからだ。
「一般的な情報になっていない領域には、まだ誰も気づいていない価値が必ずあります。だからこそ、見て聞くだけではなく、そこにコストを払ってダイブすることが重要です。中に飛び込んだからこそ得られる情報が、解像度の高いものになります」(東さん)

これは、非宇宙産業のビジネスパーソンにとって示唆が大きい。宇宙産業は、宇宙専門家だけの閉じた世界ではない。むしろ今後は、既存産業で培われた実装力や流通の知見が入り込む余地が大きい。東さんはその具体例として、ITソリューションベンダーを挙げる。
「巨額投資が必要な通信インフラそのものに入るのは難しいとしても、その上に生まれるアプリケーションやデータ活用のレイヤーには、多くの余白があります。宇宙で発生した価値を、誰にどう届けるか。そこには、既存のIT企業が得意としてきた“技術とサービスの統合”が生きます。インフラの上には、必ずアプリケーションレイヤーの仕事が生まれます。AIやデータを使って、その価値を流通させるような仕事は、宇宙の外にいた人たちにも十分チャンスがあると思っています」(東さん)
さらに東さんは、日本の製造業との接点にも強い期待を寄せる。ワープスペースが目指す量産型のビジネスモデルは、単独では成立しないからだ。
「車載品や高い信頼性が求められる産業機器を量産してきたメーカーに、この市場を支えてほしいですね。在庫リスクやリードタイムを最適化できるパートナーと出会い、高品質な量産サプライチェーンを構築することで、ビジネスを加速させていきたいです」(東さん)
ワープスペースは今後3年間で、まず地上品の海外販売でシェアを取りにいくという。そのうえで、競争力の高い宇宙製品を完成させ、営業可能な状態まで持ち込む。そして5年スパンでは、企業価値を最大化し、上場も視野に入れるという。注目したいのは、ワープスペースが官の研究開発支援だけに依存していない点である。同社は同時期にシリーズCの資金調達も発表しており、基金による技術開発支援と民間資金による事業成長を両輪で進めている。研究開発を進めながら、同時に市場実装と事業拡大の準備を進める。その構え自体が、同社のいう「採択後」を象徴している。
その先に見据えるのが、より長期のネットワーク進化である。ワープスペースは2030年代から40年代にかけて、宇宙空間でのオールフォトニクス・ネットワーク(APN)実現を見据える。オールフォトニクス・ネットワークは、NTTが提唱するIOWN構想の中核をなす次世代ネットワークで、通信をできるだけ光のままつなぐ考え方を指す。
現在の光通信は、受信した光信号をいったん電気信号に変換して処理するが、そこには熱やエネルギー損失が伴う。もし光のまま処理し、光のまま流せるようになれば、省電力化と低コスト化は大きく前進する。
「その変換部分を次世代モジュールに置き換えられれば、日本の技術をバックボーンにしたインフラの支配的地位を確立できると思います」。東さんが語るこの未来像は、基金の出口戦略が将来のネットワーク覇権と地続きであることを示している。宇宙への夢を語るだけではなく、自社の強みを見極め、どこで勝つかを定める。その積み重ねこそが、日本の宇宙産業の出口戦略を本物にしていく。