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2026.03.04

「冒険」を「旅行」に変える。宇宙での“おもてなし”実装論

1905年創業の株式会社日本旅行。日本で最も古い旅行会社が今、フロンティア「宇宙」へ挑んでいる。創業当時、日本初となる団体旅行客の伊勢参りを斡旋し、日本の旅文化を切り拓いた老舗は今、2040年代の「宇宙滞在」を見据えた壮大なプロジェクトを進めている。

「まだ『冒険』の領域である宇宙を『安全・安心・快適』な日常の旅へと変えること。それこそが、旅行会社の介在価値です」。そう語るのは、日本旅行 宇宙事業推進部マネージャーの中島 修 さん。宇宙教育でのマネタイズ、そして「宇宙旅行」の商用化へ。日本旅行が描く、宇宙への“おもてなし”実装論に迫る。(文=SpaceStep編集部)

宇宙開発を“体験価値”に

旅行会社である日本旅行と宇宙との関わりは1992年に遡る。NASDA(宇宙開発事業団)の時代、毛利 衛 氏が日本人として初めてスペースシャトルで宇宙飛行をした際に、関係者向け応援ツアーを企画実施したことから、宇宙への取り組みが始まった。

国の基幹ロケットや民間衛星打上げ時の渉外業務、スペースポートにおける観光事業の受託など、旅行業界では唯一、宇宙事業の専門部署を本社内に有して宇宙開発から星空の観光プラン提供まで幅広い取り組みを行ってきた。

日本旅行の宇宙事業「GALAXY PROJECT」の事業内容。打上げ支援からイベント企画、教育プログラム作成と多様だ

「私たちにはロケットも人工衛星も作れません。ですが、形のない『体験』に価値をつけて売ることは、旅行会社として100年以上やってきた本業です」(中島さん)。金融やサービス業と同じく、無形商材を扱うプロフェッショナルとして、宇宙という素材をどう料理するか。2015年、社内ベンチャーのような立ち位置で日本旅行の新たな挑戦が始まった。

宇宙領域の「バリューセット」で安心な旅行を

「宇宙事業をやる」と言っても、いきなり宇宙旅行が売れるわけではない。旅行業界はシビアだ。単年度での収支が厳しく問われる。そこで中島さんが最初に着手したのが、「宇宙教育」というジャンルである。

当時、JAXAには素晴らしい教育素材がたくさんあったが、教育現場には普及していなかった。「素材が良すぎても、調理法が分からなければ学校の先生は使えないんです」と中島さんは語る。

そこで彼らがとった戦略は、徹底した「パッケージ化」だった。難解な宇宙の専門知識を噛み砕き、学校のカリキュラムに組み込みやすい『探究学習プログラム』として再編集した。

「例えるなら、ハンバーガーショップのバリューセットです。ハンバーガー単体ではなく、ポテトとドリンクをセットにして『これを選べば安心』という状態で、選ぶ側の負担も減ります」(中島さん)。

彼らが開発したプログラムは、JAXAの「宇宙飛行士選抜試験」の最終選抜課題としても採用されている。教育事業でしっかりと収益を生み出し、社内外の実績を積み上げる。その足場があったからこそ「宇宙旅行」へと舵を切ることができたのだ。

JAXAをはじめ様々な業界・業種の垣根を越えて連携を進めている

さらに、宇宙旅行におけるもう一つの高いハードル。それは「手続きの煩雑さ」と「不確実性への不安」だ。現時点で宇宙へ行こうとすれば、英語での契約、複雑な保険加入、現地までの移動手配など、膨大な「面倒」が立ちはだかる。オンラインでホテルを予約するような手軽さはない。

だからこそ、日本旅行が120年間磨き上げてきた「パッケージツアー」のノウハウが光る。「旗を持った添乗員について行けば、移動も食事も宿もすべて整っている。何かトラブルがあれば旅行会社が対応してくれる。この『日本式パッケージツアー』こそが、不確実な宇宙旅行において強いソリューションになると信じています」(中島さん)。

特に宇宙という極限環境では、「安心」の価値は計り知れない。出発前の健康診断から、宇宙滞在中の美味しい和食の提供、帰還後のケア、そして万が一のための保険まで。旅の「前後」も含めたすべてをワンストップで提供する。顧客が選ぶのは、安心と快適が約束された「日本の旅行会社」のサービスである。中島さんの言葉からは、かつて海外旅行を大衆化させた先人たちと同じ、プロフェッショナルとしての静かな自負が感じられた。

選ばれた者による「冒険」を身近な「旅行」に

2025年、日本旅行は将来宇宙輸送システム株式会社(以下、ISC)との協業を強化し、本格的な宇宙旅行の実現へと動き出した。

(引用:将来宇宙輸送システム

日本旅行とISCが描くロードマップは、単なる「宇宙遊覧」にとどまらない。彼らが2030年代の実現を見据えるのは、宇宙を経由して地球上の2地点を超高速で結ぶロケット輸送(P2P:Point to Point)だ。現在の航空機なら十数時間かかる東京−ニューヨーク間を、ロケットなら約1時間で結ぶことができる。これは単なる時短ではない。ビジネスや外交のあり方を根底から覆す「移動の革命」だ。

「例えば、日本の総理大臣が急遽、アメリカ大統領と会談しなければならなくなったとき。今すぐ行けば間に合う、というスピードが国家レベルの利益を生むことがあります。あるいは、1分1秒を争うビジネスの局面。そこには『1億円払ってでも、1時間で行きたい』という強烈なニーズが生まれます」(中島さん)。

●日本旅行、ISCが目指す、宇宙領域の長期的ビジョン

宇宙旅行を、現在の「地上体験」から、「軌道上での滞在」へと段階的に発展させていく。
⾧期的ビジョンとして3つのステップで定義している。

SPACE Tour 1.0 :地球上で体感する宇宙
地上にいながら宇宙を感じる体験
(例)宇宙食体験、教育プログラム、関連施設へのツアー

SPACE Tour 2.0 :地球上2地点間を高速で結ぶ次世代輸送モード
地球上の2地点間を60分以内で結ぶ“宇宙経由”の地上移動

SPACE Tour 3.0 :軌道上での滞在など
地球を離れ、宇宙空間に滞在する体験

かつて海外旅行が一部の特権階級のものだったように、宇宙輸送も最初は富裕層や要人から始まるだろう。だが、航空機がそうであったように、技術の進歩と需要の拡大は必ずコストダウンをもたらす。「移動の概念が変われば、世界の距離はもっと縮まる。私たちは旅行会社として、その『切符』を当たり前に買える未来を作ろうとしているのです」(中島さん)。

だが、そこで中島さんが掲げるビジョンは、既存の宇宙開発の常識とは少し異なる。

「今の宇宙旅行は、まだ『冒険』なんです。数カ月の訓練に耐え、不便なトイレや寝床を我慢してでもミッションを遂行する。しかも、選ばれた宇宙飛行士や一部の富裕層しか行けない世界です」(中島さん)。

冒険を「旅行」に変えること。訓練はいらず、事前のレクチャーは飛行機と同じように、安全ビデオを見る程度。そして何より重要なのが「快適性」の実装だ。旅行者のニーズに応えるのは機能性だけでなく、「景色を見たいのに窓が小さい」「温かい食事が食べたい」という所にある。「極端な話をすれば、宇宙空間であっても『便座は温かくあってほしい』と思うのが人間です」(中島さん)。地上の旅行で当たり前の快適さが、宇宙にはない。宇宙飛行士は「仕事」だから我慢できるが、旅行者にとっては「楽しむこと」が目的だ。そのギャップを埋めることこそが、旅行会社の役割となる。

日本旅行 宇宙事業推進部マネージャー 中島 修 さん

現在、日本旅行はISCのロケット開発に対し、ユーザー視点でのフィードバックを繰り返し行っている。「ここには手すりが必要だ」「この内装ではくつろげない」。ロケットの設計図に「おもてなし」の視点を書き加えていく作業である。それは、異業種である旅行会社だからこそ気づける、技術者にはない視点だ。

「車がマニュアル車からオートマ車になり、誰でも運転できるようになったように、宇宙船も誰もが乗れるものにしなければならない。そのためのインターフェースを作るのが私たちの仕事です」(中島さん)。

時代を越えても変わらない、旅行会社の思い

かつて庶民にとって、伊勢神宮を目指す「伊勢参り」は、一生に一度行けるかどうかの「大冒険」だったという。50年前の海外旅行ですら「水が飲めない」「言葉が通じない」と、相当な覚悟が必要だった。しかし、それらを万人が楽しめる旅行に変えてきたのが日本旅行だ。

明治の伊勢参りも、昭和のハワイ旅行も、そして令和の宇宙旅行も。時代が変われど、本質は変わらない。未知への恐怖を取り除き、感動を提供する。それが日本旅行のDNAだ。

宇宙への挑戦は、老舗企業が次の100年を生き抜くための、計算に基づいた「生存戦略」でもある。

「日本の人口は減り続けています。このままでは、国内旅行も海外旅行も、市場は縮小していく一方です。会社として生き残るためには、地球という枠組みを超えて、新しい商圏を開拓するしかない。それが私たちにとっては『宇宙』だったのです。いつか、『今度の休み、ハワイにする? それとも宇宙にする?』なんて会話が聞こえてくる日が必ず来ます。その時、一番選ばれる旅行会社でありたいですね」(中島さん)。

「冒険」を「旅行」へ。120年前に鉄道で旅の革命を起こした日本旅行は今、ロケットという新たな翼で、再び移動の歴史を塗り替えようとしている。

日本旅行 宇宙事業推進チーム マスコットキャラクター「そらたん」と中島さん