皆さん、こんにちは。宇宙ビジョンクリエイターの五嶋 耀祥(ひな)です。宇宙ビジネスは、ロケットや探査だけの世界ではなく、私たちの暮らしに直結する課題解決の現場にも広がっています。本連載では、宇宙ビジネスに挑む多彩なゲスト=「宇宙人」をお招きし、対話を通じて宇宙の楽しさと可能性を一緒に探っていきます。第1回のゲストは、JAXA(宇宙航空研究開発機構)として初の出資を受け、「JAXAベンチャー」に認定された株式会社天地人 代表取締役社長 CEO 櫻庭康人さん。元美容師という異色のキャリアが、なぜ衛星データ活用へつながったのか。社会インフラの課題に向き合う現在の取り組みとともに紐解きます。(ナビゲーター=五嶋 耀祥/文=SpaceStepプロデューサー長谷川浩和)
今回のゲスト

株式会社天地人 代表取締役社長 CEO
櫻庭康人さん
IT技術の可能性に魅了され、スタートアップ業界に飛び込む。携帯電話・スマートフォン向けアプリの開発・運営や、東京大学発の農業ベンチャーの設立・事業拡大を通じて、豊富な新規事業開発の経験を積む。その経験と多彩な人的ネットワークを活かし、株式会社天地人の代表取締役社長を務める。農業IoTセンサーの開発経験もあり、ハードウェアからソフトウェアまでその知識は幅広く、天地人サービスをビジネス視点でデザインする。
聞き手

ハッピー・ファム合同会社 代表/社会起業家・ITコンサルタント
五嶋 耀祥(ひな)さん
北海道苫小牧市出身。苫小牧工業高等専門学校で情報工学と電子生産システム工学を学び、卒業後はシステムエンジニアとしてビッグデータ解析や業務システムの構築に従事。その後、大学事務職や子育てを経て、2015年にNPO北海道ネウボラを設立し地域支援を開始。2019年にハッピー・ファム合同会社を設立し、DX推進・IT教育・宇宙産業支援・女性や親子支援など多分野で活動。2021年には一般社団法人ファミリー支援INV協会を創設し代表理事を務める。ITと福祉、教育を横断するソーシャルビジネスの担い手として注目される。
五嶋 栄えある連載第1回のゲストは、株式会社天地人 代表取締役社長 CEO 櫻庭康人さんです。櫻庭さんとは2024年の北海道宇宙サミットでご縁をいただきました。2025年には、百束副社長に札幌のセミナーでご登壇頂いただけでなく、私がモデレーターを務めるラジオでもゲストとしてご出演頂きました。今日は改めて、じっくりお話しできるのを楽しみにしていました。
宇宙人図鑑Vol.02【No.2山崎秀人さん/No.3百束泰俊さん】(引用:五嶋 耀祥YouTubeチャンネル)
櫻庭 こちらこそ、よろしくお願いします。第1回に呼んでいただき光栄です。
五嶋 櫻庭さんは今でこそ宇宙ベンチャーの経営者ですが、キャリアのスタートは美容師だったと伺いました。
櫻庭 そうなんです。最近、地元青森の自治体の方と話していて気づいたのですが、学生時代の自分に見えていた職業の選択肢って、限られた選択肢しかなかったように思います。その中で、美容師を選びました。当時から「学校で学ぶより現場でお金をいただきながら技術を身につけたい」という思いが強くて、専門学校に通いながら週末は美容室でアルバイトをしていました。
五嶋 最初から「現場で価値を出す」という感覚が強かったんですね。美容師という職業は、技術だけでなく、お客さまの満足をつくり込む仕事でもありますよね。その感覚は、今のプロダクトやサービスづくりにも通じそうです。
櫻庭 そうですね。目の前の人が何に困っているかを見て、言葉にしないニーズも含めて汲み取って、形にする。今の仕事でも根っこは似ている気がします。

天地人の掲げるミッションとビジョン(資料提供=株式会社天地人)
五嶋 そこから、どのようなきっかけで東京に上京したのですか?
櫻庭 卒業して少し働いていたのですが、「もっと他の世界を見てみたい」と思って上京しました。いろいろな職業を体験するのが好きで、上京してすぐにニュージーランドへ渡って、映画『ラストサムライ』のエキストラをやったりもしましたね。
五嶋 えっ、『ラストサムライ』ですか! 私、あの映画が大好きで20回くらい見ているんです(笑)。まさかそこに出演されていたとは!
櫻庭 本当に端役ですけどね(笑)。「日本人なら誰でもいいから走ってくれ」みたいな感じで。でも、ハリウッド映画はこうやって撮影するのか、など刺激と学びが多い出来事でした。
五嶋 櫻庭さんのとりあえず走って挑戦する姿勢は、宇宙ビジネスにおける取組み姿勢と共通しているように感じました。
櫻庭 確かにそうかもしれません。未知の領域に踏み出すとき、最初に必要なのは完璧な知識よりも、体を動かしてみる勇気です。
五嶋 その後、インテリアショップで店長やエリアマネージャーとして売上記録を更新されたと伺いました。ここで鍛えられたのは、どんな力でしたか。
櫻庭 「どうしたら集客できるか」「売上を少しでも上げるための工夫」を徹底的に考えた経験ですね。人の動き、棚の配置、スタッフの導線、接客の言葉。全部が売上に効いてくるので、仕組みとして捉えて変えていく努力をしました。
五嶋 「仕組みとして捉える」という言葉が出てくるのが、櫻庭さんらしいなと感じました。
櫻庭 でも、独立しようとした矢先にリーマンショックが起きて。当時「これからはモノではなく、情報やサービスを売る時代だ」と痛感しました。
五嶋 そこが大きな転換点になって、ITの世界へ。
櫻庭 はい。当時ガラケーでTwitterを使えるようにするサービス「モバツイ」の運営会社に、1号社員として入社しました。電話線を引くところから机の組み立てまで何でもやりましたよ。
五嶋 スタートアップの「全部やる」経験って、後から必ず効いてきますよね。経営者になると、現場の解像度が高いかどうかで判断の質が変わるので。
櫻庭 その後、受託開発系の企業で新規事業の立ち上げを経験し、東大発の農業系スタートアップに参加しました。そこで土壌水分センサーを使って農業の課題解決に取り組んでいたのが、今の事業につながる原点ですね。
五嶋 美容師、映画エキストラ、インテリア、IT、農業……一見バラバラに見えるのに、伺っていると「こうすればもっと良くなるのに」という改善の視点がずっと通底しているのが分かります。誰かが困っているのに、仕組みが追いついていない。その「ズレ」を見つけて、直していく。宇宙という言葉が出る前から、すでに宇宙ビジネスに必要な素養を積み上げてこられたのだと確信しました。
株式会社天地人は創業以来着実な成長の道を歩んでいる(資料提供=株式会社天地人)
五嶋 農業スタートアップでの経験を経て、いよいよ天地人を創業されるわけですが、当初はかなりご苦労もあったのではないでしょうか。
櫻庭 そうですね。創業のきっかけとなった、宇宙活用の事業化を後押しするビジネスコンテスト『S-Booster』に参加するまで、私のキャリアには宇宙の「う」の字もありませんでした。ただ、農業の現場で「気象データが高額すぎる」という課題に直面していた時、現在副社長を務める当時JAXA職員だった百束泰俊から「衛星データならタダ同然で使えるよ」と教えられて衝撃を受けたんです。「宇宙と地上のデータを掛け合わせたら面白いことができる」と確信したのが始まりでした。
株式会社天地人が手掛ける事業領域(資料提供=株式会社天地人)
五嶋 「衛星データは活用できる」と分かっていても、実際に「自分たちの現場の困りごと」に結びついた瞬間に、初めて腹落ちすることがありますよね。農業の現場でその衝撃を受けたというのは象徴的ですね。
櫻庭 まさにそうです。衛星データの活用は、決して遠い世界の話ではなく、コストや手間の前提を組み替える「現実的な宇宙活用の選択肢」として見えてきました。
五嶋 とはいえ、そこから事業として形にするまでには、越える壁がいくつもあったはずです。特に、宇宙の領域は関係者も多く、進め方も独特だと聞きます。
櫻庭 その通りです。JAXA初の出資を受けるベンチャーとして認定されるまでは、当時は前例がなく、認定までに半年ほどかかりました。宇宙業界のルールや組織の理解、根回しなど、乗り越えるべく壁はいくつもありましたが、それを乗り越えて認定いただけたことは大きな信用につながりました。
五嶋 信用の獲得は、宇宙ビジネスの最初の関門かもしれませんね。技術の話以前に、誰とどう進めるか、どう説明するかで、プロジェクトの進度が変わる。認定は、外部の企業や自治体と対話する際にも、共通言語になりそうです。
櫻庭 はい。初対面の場でも、前提が変わります。もちろんそれに甘えるのではなく、事業として価値を出し続けるために努力を続けています。
五嶋 そして現在、天地人さんが力を入れているのが「宇宙水道局」です。ここで扱うテーマが、水道インフラという私たちの生活に関わる問題であることも印象的でした。
深刻化する水インフラの問題を解決するのが「宇宙水道局」だ(資料提供=株式会社天地人)
櫻庭 水道管は高度経済成長期に埋設されたものが多く、老朽化が深刻で、法定耐用年数を超えた水道管は約19万kmにも及びます。一方で、それらをすべて掘り返して検査するのは予算的にも人員的にも不可能。まさに、構造的な課題です。水道は「止められない」インフラでありながら、見えない場所にある。だから意思決定が難しい。そこで私たちは、衛星データを使って漏水リスクの高いエリアをピンポイントで特定するサービスを開発しました。
日本における水インフラには課題が多い(資料提供=株式会社天地人)
五嶋 読者の方が一番気になるのは、ここだと思います。「衛星から地下の水道管の水漏れがわかるのか?」と。
櫻庭 直接水を見ているわけではありません。衛星が観測した「地表面温度」や「地盤変動」に加え、過去の漏水履歴や管路情報など複数のデータをAIで解析しています。例えば、地表面温度の変化が激しい場所は水道管への負荷が高く、漏水リスクが上がるといった因果関係を分析し、リスクを5段階で評価します。
宇宙水道局の情報は衛星データに限らず、様々なデータを統合し、AIで解析したものだ(資料提供=株式会社天地人)
五嶋 なるほど、宇宙×地上のデータの掛け算で、現場で使える意思決定情報になるわけですね。宇宙ビジネスを身近にする鍵が、まさにこの発想だと感じます。
櫻庭 その通りです。さらに、リスクが高いエリアに絞ることで、調査範囲を全体の数%に抑えつつ、効率的に漏水を発見できます。また、このサービスを導入いただくことで、自治体ごとにバラバラだった管理フォーマットを統一し、データの標準化を進めることも目指しています。
五嶋 私もインフラ系のシステム開発に関わった経験があるのですが、自治体ごとに仕様が異なるのは本当に大きな障壁です。しかも現場では、日々の業務が優先されて、入力や整理が後回しになることもある。その結果、必要なときに必要な情報が見つからない。宇宙水道局が「調査の効率化」にとどまらず、「標準化の土台」になっていくなら、価値はさらに大きくなると思いました。
五嶋 「宇宙水道局」のお話を聞くと、衛星データがいかに生活に密着した課題を解けるかが見えてきます。改めて伺いたいのですが、櫻庭さんは衛星データ活用の可能性を、どのように捉えていますか。