巨大な炎とともに大気を切り裂き、宇宙へと昇っていくロケット。しかし、そのカウントダウンに至るまでの長い道のりには、衛星を「確実に、かつ安全に」ロケットへと積み込むための膨大な技術調整と緻密なロジスティクスの積み重ねがある。宇宙への扉は、高度な物理学だけでなく、複雑な手続きや規制、そして国境を越えたネットワークという「知のインフラ」によって支えられている。
日本の宇宙スタートアップSpace BDは、米SpaceXのライドシェアプログラムを活用し、年間10機の衛星打ち上げを成功させた。世界的に打ち上げ枠の確保が困難と言われる中、なぜ彼らはこれほど着実に実績を積み上げることができたのか。そこには、日本の宇宙産業を「研究開発」のフェーズから、再現性のある「実業」のフェーズへと押し上げる、宇宙商社ならではの目に見えない知力があった。(文=SpaceStep編集部)
2025年、Space BDが完遂したミッションは、SpaceXの「Transporter-12」「Transporter-14」「Transporter-15」という3つのライドシェアミッションを通じたものだ。Space BDはパートナー企業と共にこれらの機会を最大限に活用し、国内外の顧客から預かった合計10機の超小型衛星を、正確に予定された軌道へと投入した。
(引用元:PR TIMES)
特筆すべきは、これら10機の衛星が持つミッションの多様性だ。地球観測を目的としたもの、通信技術の実証を狙うもの、さらには将来の宇宙探査に欠かせない推進器のテストを行うものまで、衛星の性格は一台ごとに全く異なる。ここで重要になるのが、「インテグレーション」と呼ばれる業務だ。
ロケットに衛星を載せるという行為は、単に荷物をトラックに積み込むのとはわけが違う。ロケット事業者が課す厳格な技術適合性チェックをクリアし、打ち上げ時の猛烈な振動や熱に耐えられることを証明するための膨大な技術文書を作成しなければならない。さらに、衛星を日本から海外の射場へ運ぶ際には、軍事転用を防ぐための複雑な輸出管理や規制対応も立ちはだかる。これらはいわば「宇宙への翻訳作業」であり、衛星開発者にとっては本来のミッション開発を阻害する大きな負担となっていた。
Space BDは、この複雑なプロセスをワンストップで代行する。例えば、今回緊密に連携したアークエッジ・スペースのような衛星デベロッパーに対し、Space BDは打ち上げ機会の提供からインテグレーションに至るまでを包括的にサポートした。この「黒子」の役割があるからこそ、衛星メーカーは高度なミッション開発やビジネスモデルの構築といった、自らが最も注力すべき領域にリソースを集中させることが可能になる。「一品モノ」になりがちだった宇宙へのプロセスを標準化し、「誰でも使える」サービスへと昇華させる。その実行力こそが、年間10機という数字の背後に隠された本質的な価値である。
Space BDが見せた躍進が示唆するのは、宇宙ビジネスにおける「物流の多様化」がもたらす戦略的な意義だ。
これまでの宇宙開発は、特定のロケット、あるいは国家プロジェクトに命運を委ねる側面が強かった。しかし、開発の遅延や打ち上げの失敗が日常的に起こりうる宇宙業界において、一つの手段に依存することはビジネス上の致命的なリスクとなる。
この課題に対し、Space BDはあえて「特定のロケットを持たない商社」という立ち位置を貫くことで解決策を提示している。今回の実績となったSpaceXの「Falcon 9」はもちろん、JAXAとのパートナーシップによる「きぼう」からの放出サービスや、日本の次世代主力ロケット「H3」への相乗り機会も確保。さらに視座を広げ、国内企業スペースワンの「カイロス」や、豪州のGilmour Space、韓国のINNOSPACEなど、世界中の多様なロケットへのアクセス権をポートフォリオとして強化している。
このマルチプラットフォーム化は、顧客に対して「いつでも、どこからでも宇宙へ行ける」という選択肢を提供することを意味している。ロケットを特別な乗り物ではなく、時刻表に沿って走る「定期便」や「バス」のように扱う。このパラダイムシフトこそが、宇宙への参入障壁を劇的に下げ、新たなプレイヤーの呼び水となる。
宇宙ビジネスは、いまや「高度な科学技術を競う」フェーズから、いかに効率的かつ安定的にアセットを運用するかという「物流と経営」のフェーズへと突入した。Space BDが築き上げたグローバルなネットワークと、複雑な要件を整理し切る技術調整力は、日本の衛星産業がグローバル市場という荒波で戦い続けるために不可欠な「知のインフラ」となったと言えるだろう。
アルテミス計画を筆頭に、宇宙開発の熱量はさらに高まっている。ロケットの打ち上げという劇的な瞬間の裏側で、静かに宇宙への道を整備し続ける調整者たちの知性は、私たちが当たり前のように宇宙の恩恵を享受する未来を、一段と手近なものに引き寄せている。