皆さん、こんにちは。宇宙ビジネスナビゲーターの高山久信です。本連載「宇宙をみんなの遊び場に」では、毎回さまざまな業界で宇宙ビジネスに挑む方をゲストに迎え、宇宙が特別な世界ではなく、私たちの産業や暮らしと地続きの存在になっていくプロセスを探っています。今回お招きしたのは、日本郵船株式会社 イノベーション推進グループ 先端事業・宇宙事業開発チーム チーム長の寿賀大輔さん。日本を代表する海運会社が、なぜ宇宙に向かうのか。洋上発射・洋上回収という構想は夢物語なのか。それとも、日本の地理と産業構造から必然的に導かれた戦略なのか。海運と宇宙が交差する地点に立つ寿賀さんとの対話から、宇宙ビジネスを「自分ごと」として捉えるためのヒントを探っていきたいと思います。(ナビゲーター=高山久信/文=JMPプロデューサー長谷川浩和)
今回のゲスト

日本郵船株式会社 イノベーション推進グループ 先端事業・宇宙事業開発チーム チーム長
寿賀大輔さん
2008年に日本郵船株式会社へ入社。船舶運航、財務、自動車物流現地法人のCFO職やシンガポール、上海などの海外駐在を通じて、事業運営と投資判断の双方を経験する。社内の新規事業創出プログラムを契機に洋上発射船構想を発案し、日本郵船の宇宙事業立ち上げに参画。JAXA出向で宇宙分野の知見を深め、現在は洋上発射・洋上回収、衛星データ利活用など宇宙関連事業の事業化を統括。海運と宇宙をつなぐイントレプレナーとして、新たな産業創出に挑んでいる。
ナビゲーター

宇宙ビジネスナビゲーター / 株式会社minsora 代表取締役社長
高山 久信さん(写真左)
1954年、大分県豊後大野市生まれ。高校卒業後、三菱電機に入社し、約40年にわたり人工衛星、ロケットや国際宇宙ステーション関連など、日本の宇宙開発利用に携わる。その後、三菱プレシジョンや宇宙システム開発利用推進機構などで宇宙関連事業に従事。2019年に株式会社minsoraを創業し、地域発の宇宙ビジネスや衛星データ利活用、教育・研修事業等を展開。地方から「宇宙を身近に、地域発のビジネスを創る」活動を続け、現在は、日本ロケット協会理事や九州衛星利活用の会副会長として、産業振興に尽力している。
高山 今回ゲストは、日本郵船株式会社寿賀大輔さんです。日本郵船さんは、前回ご登場いただいた三井住友海上火災保険さんから「海から宇宙」に取り組んでいる会社として推薦いただきました。まずは、寿賀さんのお立場と、どのような役割を担っているのか教えてください。
寿賀 ありがとうございます。現在は、日本郵船の中で宇宙関連事業の事業開発を担当しています。ロケットの洋上発射・洋上回収、そして衛星データの利活用を中心に、中長期での事業化を見据えた検討や実証を進めています。

高山 日本郵船と宇宙。この組み合わせは、多くの読者にとって意外だと思います。寿賀さんご自身も、もともと宇宙と無縁であったと聞いています。寿賀さんのバックグラウンドをお聞かせ頂けますか。
寿賀 はい。私は2008年に日本郵船に入社し、大型外航船の運航管理、財務、プロジェクトファイナンス、海外駐在などを経験してきました。シンガポール、中国といった拠点での業務も長く、いわゆるジェネラリスト型のキャリアです。宇宙は長らく、自分の仕事とは縁遠い世界でした。
高山 そうなんですね。そこから、なぜ宇宙事業に関わることになったのでしょうか。
寿賀 転機は2020年頃、NYKデジタルアカデミーと呼ばれる社内の新規事業創出研修プログラムに参加したことです。その中で「日本郵船の強みは何か」を改めて考えました。当社は、船舶を安全に運航し、世界中の海でオペレーションを成立させています。これは当社が長年積み上げてきた、他社には簡単には真似できない強みです。
(資料提供=日本郵船)
高山 その強みを、まったく違う産業で活かせないかと考えたわけですね。
寿賀 その通りです。宇宙産業全体を俯瞰すると、打ち上げ場所の制約や回収の難しさが大きな課題になっていました。特に日本は国土が狭く、陸上での打ち上げには限界がある。一方で、四方を海に囲まれている。この地理条件は、見方を変えれば大きな強みになります。そこで生まれたのが「ロケットを海から打ち上げる」という発想でした。
高山 最初にそのアイデアを出したとき、社内の反応はいかがでしたか。
寿賀 率直に言えば、「面白いが現実的ではない」という声も多かったです。ただ、JAXA、三菱重工さんや宇宙ベンチャーの方々からヒアリングを重ね、技術的な検討を進めていく中で、「これは単なるアイデアではなく、中長期の事業テーマになり得るのではないか」という自信を少しずつ持ち始めました。そこから、2022年にJAXA、MHIと一緒に再使用型ロケットの洋上回収研究というテーマでの共同研究を開始し、当社として本格的に宇宙事業に取り組むことになりました。
高山 役員層への説明も、相当なエネルギーが必要だったのではありませんか。

寿賀 簡単ではありませんでした。宇宙事業は、投資回収までに時間がかかりますし、短期的な利益を求める事業ではありません。ただ、「今やらなければ、日本は宇宙輸送のインフラを海外に依存し続けることになる」という危機感とともに、当社の海の知見を活かしたチャレンジ事業として、認識してもらえたと考えています。
高山 その結果、正式な宇宙事業チームが見事に立ち上がったのですね。
寿賀 はい。最初は数名の有志から始まりましたが、現在は組織として宇宙事業に取り組む体制が整いつつあります。
高山 ここからは、洋上発射・洋上回収について、もう一段踏み込んで伺いたいと思います。外から見ると壮大な構想に映りますが、寿賀さんのお話を聞いていると、むしろ非常に現実的で戦略的だと感じます。
寿賀 ありがとうございます。私自身、「夢の話をしているつもりはない」という感覚が強いですね。洋上発射・洋上回収は、宇宙産業が直面している制約に対する一つの現実解だと考えています。
(資料提供=日本郵船)
高山 制約とは、具体的にどのあたりでしょうか。
寿賀 まずは打ち上げ場所です。陸上発射では、場所が固定されます。落下物の安全確保、騒音、周辺住民及び海域への配慮など、多くの制約があります。日本のように国土が狭く、人口密度が高い国では、その制約がより顕著になります。
高山 確かに、日本ならではの課題ですね。
寿賀 一方で、海に出れば状況は変わります。洋上であれば、発射方位や時期の自由度が高く、安全距離も確保しやすくなります。これは地上発射に比べると、むしろ強みになり得ます。
高山 宇宙輸送を、地理条件から再設計している感覚ですね。
寿賀 その通りです。さらに重要なのが、再使用型ロケットの普及です。今後、打ち上げ回数が増えれば増えるほど、これまで海に投棄されていた第一段ロケットの回収率の向上は、事業性に直結します。日本の地理条件を考えると、船を使った洋上回収は非常に合理的な選択肢です。
(資料提供=日本郵船)
高山 ただ、外洋での回収は簡単ではありませんよね。
寿賀 おっしゃる通りです。海象条件、定点保持、機体の安全化、遠隔運用など、クリアすべき課題は多岐にわたります。だからこそ、段階的に検証しています。現在はJAXAが行う宇宙戦略基金の枠組みで、洋上回収システムの研究開発を進めています。