穏やかに輝く太陽の裏側で、時に発生する「宇宙の嵐」。ひとたび大規模な太陽放射線イベントが発生すれば、宇宙空間を移動する飛行士の命は瞬時に致死量のリスクにさらされ、地球上の通信・送電網は沈黙の危機に陥る。しかし、この「宇宙天気」の予測は極めて難しく、これまではベテランの経験則が頼みの綱となっていた。
2026年1月、富士通株式会社と国立大学法人東海国立大学機構が発表したのは、この未知の領域に論理的な光を当てる新技術だ。AIが単に危険を告げるだけでなく、その「根拠」を自ら提示する――。この進化が、月や火星を目指す人類の安全保障を根本から変えようとしている。(文=SpaceStep編集部)
今回発表された技術は、富士通の説明可能なAI技術「Fujitsu Kozuchi XAI」の一つである「Wide Learning™」を活用したものだ。最大の特徴は、ブラックボックスになりがちなAIの判断プロセスを透明化し、科学的な説明を可能にした点にある。
従来の宇宙天気予測では、太陽表面で発生する爆発現象「太陽フレア」の規模から放射線量を推定する手法が一般的だった。しかし、フレアが大きくても放射線が地球方向に届かないケースや、逆に小規模なフレアでも甚大な放射線イベントを引き起こすケースがあり、単純な経験則では捉えきれない複雑さが予測の壁となっていた。
(引用元:PR TIMES )
こうした従来の限界に対し「Wide Learning 」は、太陽磁場やフレアの特性など多角的な観測データから、特徴量の関係性を網羅的に学習する。その上で、「どの要因が発生確率を押し上げたのか」「特異な組み合わせ条件は何か」を明確に出力する仕組みになっている。
さらに画期的なのは、予測された状況に酷似した「過去のイベント」を自動で提示する点にある。運用者は、過去の類似事例において実際にどのような影響が生じ、どのような対応が取られたかという実例を即座に参照できる。単なる数値的な確率ではなく、過去の経験という具体的なエビデンスをAIが補完する設計となっているのだ。
有人宇宙探査の最前線においてAIが「説明可能」であることは、単なる機能の追加以上の重みを持つ。それは、人間の「命」と巨額のコストを預かる現場指揮官にとって、意思決定の決定的な拠り所となるからだ。
例えば、月面活動中や火星への有人輸送中に、AIが「危険確率80%」と告げたとする。理由がブラックボックスのままでは、ミッションを中断して退避すべきか、それとも続行すべきか、責任ある決断を下すことは困難を極める。しかし、AIが「過去の〇〇年に起きた事象と酷似しており、この磁場条件が揃っているため危険だ」と根拠を示せれば、人間は確信を持って安全策を講じることができる。「信じる」しかない予測から、根拠に基づき「判断する」予測へ。このパラダイムシフトこそが、本格的な有人探査時代に不可欠な安全インフラとなる。
また、この技術の影響力は宇宙空間にとどまらない。電離圏攪乱 (電離圏における電子密度が変動する現象)によるGPS精度の低下や、送電網への過電流など、宇宙天気は私たちの日常生活を支える地上のインフラに対しても甚大なダメージを与えるリスクを秘めている。富士通が開発したこの「科学的根拠を伴う警戒システム」が社会に実装されれば、よりレジリエント(強靭)な社会基盤の構築が可能になるだろう。
アルテミス計画によって月面開発が現実味を帯びる今、宇宙天気予測は「研究課題」から「社会の安全保障」へとその役割を変えた。未知のフロンティアに挑む人類に対し、テクノロジーは「予知」と「確信」という新たな視座を与える。この技術は、宇宙という過酷な環境を管理可能なフィールドへと転換していく、その第一歩となるだろう。