皆さん、こんにちは、宇宙ビジネスナビゲーターの高山 久信です。本連載では毎回、多様なゲストをお招きし、宇宙ビジネスの可能性を「自分ごと」として捉えるヒントを、皆さんと一緒に探求していきます。第2回のゲストは、三井住友海上火災保険株式会社 企業マーケット部 宇宙開発チームの野村 花歩さん、そして海上航空保険部 航空宇宙保険チームの野尻 航平さんです。宇宙へ挑む側に立つと見えてくるのは、夢だけではなく「リスク」との向き合い方です。宇宙保険という「知られざるインフラ」を知ることで、宇宙の景色は一段、身近になります。さあ、早速お話を伺っていきましょう。(ナビゲーター=高山久信/文=SpaceStep編集部)
今回のゲスト

三井住友海上火災保険株式会社 企業マーケット部 宇宙開発チーム
野村 花歩 さん(写真中央)
三井住友海上火災保険株式会社に入社後、九州エリアでの営業を経て、東京本社にて企業マーケットにおける企画業務を経験し現職。現在の業務は、宇宙保険手配から、各ステークホルダーとのアライアンス、商品企画、衛星データの利活用まで宇宙を軸とした様々な領域を担当。
三井住友海上火災保険株式会社 海上航空保険部 航空宇宙保険チーム
野尻 航平さん(写真右)
2019年、三井住友海上火災保険株式会社に入社。入社以来現職一筋で、航空保険・宇宙保険の業務に長年携わっている。航空保険・宇宙保険に関する引受判断や保険設計、再保険関連業務等を担当。
ナビゲーター

株式会社minsora 代表取締役 CEO/宇宙ビジネスナビゲーター
高山 久信さん
1954年、大分県豊後大野市生まれ。高校卒業後、三菱電機に入社し、約40年にわたり人工衛星、ロケットや国際宇宙ステーション関連など、日本の宇宙開発利用に携わる。その後、三菱プレシジョンや宇宙システム開発利用推進機構などで宇宙関連事業に従事。2019年に株式会社minsoraを創業し、地域発の宇宙ビジネスや衛星データ利活用、教育・研修事業等を展開。地方から「宇宙を身近に、地域発のビジネスを創る」活動を続け、現在は、日本ロケット協会理事や九州衛星利活用の会副会長として、産業振興に尽力している。
高山 「宇宙をみんなの遊び場に」の第2回。今日は三井住友海上さんから、宇宙保険の最前線を担うお二人にお越しいただきました。第1回のゲスト、全日空商事の鬼塚さんから「宇宙のリスクを支えるプロフェッショナル」としてご紹介いただきました。まず現在のお仕事について、野村さんから教えていただけますか。
野村 はい。私は企業マーケットにおける営業企画業務を経験した後、2025年春から宇宙開発チームに加わりました。正直に言うと、異動前は「宇宙に詳しい人」ではなかったんです。でも入ってみると、通信衛星やGPSなど、宇宙はすでに生活やビジネスに使われていることを知りました。宇宙は夢物語ではなく、現実のビジネスなんだと実感しました。

高山 その実感とても大事ですよね。宇宙と聞くと、どうしても「遠い世界」のように感じてしまう。でも実際は、スマホの地図も、天気予報も、カーナビも、裏側には宇宙からの支えがあります。そう考えると、宇宙ビジネスは「一部の専門家のもの」ではなくなってきています。
野村 まさにそうです。私が面白いと感じているのは、お客様との関わり方です。宇宙ビジネスは、一社単独では進まず、国や自治体、パートナー企業など多くの関係者と深く連携しながら進めていきます。私たちもその輪に入り、「いまのフェーズならこのリスクヘッジが必要ですね」と、プロジェクトの立ち上げ段階から伴走することが重要です。当社のリソースや知見だけでは完結できないことが面白いですね。
高山 「保険を売る」ではなく「プロジェクトに伴走する」。宇宙は、伴走することが重要なのですね。では次に、商品設計、保険開発側として、野尻さんは、どんな役割を担っているのでしょうか。
野尻 私は、航空宇宙保険チームで、宇宙保険の設計や引受の判断、補償内容の検討などを担当しています。入社7年目、宇宙保険一筋です。宇宙保険は、自動車保険のようにパッケージ化された商品ではなく、ミッションごとの「オーダーメイド」が基本です。技術資料を読み込み、リスクを整理し、「どこまでなら引き受けられるか」を組み立てていきます。宇宙保険は、一般の損害保険以上にお客様のニーズに合わせる柔軟性と創造性が求められる分野だと感じています。

高山 「オーダーメイド」という言葉が出ましたが、ここが宇宙保険の入り口として面白いところですね。宇宙のリスクは、打ち上げの一瞬だけではありません。工場から射場へ運ぶところ、射場での組立・試験、ロケットが離昇して衛星が分離するまで、そして軌道上の運用が何年も続きます。フェーズごとに守りたいものも、想定すべきリスクも変わっていきます。その全体像を、Space Step読者の方に少しでも知っていただけるよう、このあと具体的に伺っていきますので、よろしくお願いします。
野村 ぜひお願いします。実際にお客様は「宇宙保険」と一言で聞いても、どの範囲をどこまでカバーできるのか、最初はイメージが湧きづらいことが多いです。
高山 三井住友海上さんは「2年前に宇宙保険の専門チームを組成した」と伺いました。宇宙に改めて力を入れる背景には、どんな変化があったのでしょうか。
野村 宇宙開発チームが発足したのは2年前です。宇宙保険の提供自体は50年前から行ってきましたが、近年、日本全体で宇宙ビジネスに力を入れていく流れが加速しています。お客様からの問い合わせも増え、全国各地から引き合いが来るようになったため、会社として改めて宇宙に注力し、活動を広げるために宇宙開発チームが組成されました。
高山 2年前というと、「宇宙基本計画」が改訂され、JAXAの機能強化と民間支援の強化と加速、そして宇宙戦略基金の予算化がされ、まさに宇宙ビジネスが「官中心」から「民主導」へシフトされた時期と重なりますね。
野村 おっしゃる通りです。以前はJAXA様など国のプロジェクトが中心でしたが、今ではスタートアップ企業や異業種からの参入も増えています。また地理的にも、東京だけでなく北海道から九州まで、日本各地に宇宙ビジネスが広がってきています。
高山 私も仕事柄、地方の宇宙ビジネスの盛り上がりを肌で感じています。宇宙が広がるほど、当然リスクも増えます。でも逆に言えば、リスクの「見える化」が進めば、宇宙ビジネスへの挑戦は前に進みます。その接点に宇宙保険があるわけですね。

野村 はい。以前は航空分野と宇宙分野を同じチームで担当していましたが、宇宙ビジネスが、宇宙旅行や宇宙往還機、月面探査など多様化する中で、航空分野とは切り離して深掘りした方が、お客様により良いソリューションを提供できるという判断も宇宙開発チーム設置の背景にありました。
高山 なるほど。国の動き、そして民間の熱量の高まりに合わせて、保険会社としての体制も進化しているということですね。では次に、お二人が扱われている「宇宙保険」の具体的な中身について、ここからじっくり伺っていきましょう。
高山 ここからは宇宙保険の「中身」に入っていきます。私自身、前職で商用衛星に関わっていましたので、宇宙保険は、重要なリスクマネジメントと実感しています。ただ、一般の方々には、宇宙保険という言葉を含めて、馴染みが薄いかもしれません。まずは歴史的な背景から教えていただけますか。
野村 当社の宇宙保険の歴史は、1975年にさかのぼります。当時、宇宙開発事業団(NASDA、現JAXA)が「きく1号」を打ち上げる際、当社グループが日本で初めて宇宙保険の組成を行いました。当時は種子島からの打ち上げ実績も少なく、近隣住民の方々の不安も大きかったと思います。万が一の事故に備え、打ち上げ失敗時の第三者への賠償責任保険を提供したのが始まりです。
(資料提供=三井住友海上火災保険)
高山 つまり宇宙保険は、「宇宙の夢」を後押しする以前に、「社会の安心」を成り立たせるために生まれた、と。ここは象徴的ですね。
野村 そうですね。当時は研究開発が主目的でしたが、そこから時代が進み、いまは宇宙が「事業」になりました。事業になれば、投資も、契約も、関係者も増えます。だからこそ、リスクを前提に計画を組み、宇宙ビジネスへの挑戦を継続できる土台が必要になります。
高山 では、その土台をどう設計するのか。野尻さん、宇宙保険の体系を整理していただけますか。
野尻 はい。まず大前提として、宇宙保険はパッケージ化された商品ではなく、ミッションごとの「オーダーメイド」が基本です。その上で、大きく4つのカテゴリーに分けて考えると理解しやすいです。
1つ目は「打ち上げ前保険」。人工衛星やロケットの工場から射場への輸送、射場での取り扱い、打ち上げ直前までの地上リスクをカバーします。2つ目が「打ち上げ保険」。ロケットの発射から人工衛星の切り離しまで、最もリスクが高いフェーズを補償します。場合によっては初期運用フェーズ(約1年)まで含むこともあります。3つ目が「寿命保険」。軌道上での人工衛星の運用フェーズをカバーします。デブリ衝突のような外部要因だけでなく、内部故障、太陽電池パネルのショート等による発生電力の低下など、運用中に起こり得るトラブルを想定します。そして4つ目が「宇宙賠償責任保険」。これはモノが壊れる「物保険」ではなく、事故が起きたときに発生する第三者への賠償責任を補償するものです。
(資料提供=三井住友海上火災保険)
高山 フェーズで分けると、一気に腹落ちしますね。読者の方に強調したいのは、宇宙保険が「打ち上げの瞬間」だけを守るものではないという点です。打ち上げ前から運用期間、さらに第三者賠償まで含めて、ミッション全体の「安心の設計」をしているわけですね。
野村 まさにその通りです。ただ宇宙ビジネスは、関係者が多層です。ロケットメーカー・打ち上げ事業者、人工衛星メーカー・オペレーター、輸送業者、そして周辺の第三者など、どの場面で誰がどのリスクを負担するのか、業界慣習や契約も踏まえながら最適な形を「オーダーメイド」で一緒に探っていきます。

高山 オーダーメイドということは、引受の判断も簡単ではないはずです。どうやって「引き受けられる/引き受けられない」を決めていくのでしょう。
野尻 技術資料を読み込み、リスクを分解し、どの部分をどの条件で補償するかを組み立てます。宇宙ビジネスは前例が少ない案件も多いので、「成功の定義」も含めてお客様とすり合わせることが重要となります。パッケージで決まっているわけではなく、膝詰めで議論しながら臨機応変に決めていく。そこが宇宙保険の難しさであり、同時に面白さでもあります。
高山 なるほど。さらに宇宙保険は、人工衛星やロケットの費用が高額となるため、1社で抱え込めるリスク量にも限界があるはずです。保険会社としてのリスクヘッジはどのように行っているのですか?
野村 はい。いわば「保険の保険」でもある「再保険」があります。宇宙保険は補償する保険金額も大きく、リスクも集中しがちなので、「再保険」を通じて世界のマーケットにリスクを分散させます。当社もロンドン市場に駐在員を置き、世界約20~30社の再保険ネットワークを構築しています。
(資料提供=三井住友海上火災保険)
高山 宇宙ビジネスがグローバル産業である以上、宇宙保険もグローバルに設計される。ここも宇宙っぽさがありますね。宇宙保険は、技術・契約・国際市場などが交差しながら設計されるからこそ、宇宙保険を理解することは宇宙ビジネスの全体像を理解する近道にもなりそうですね。
高山 ここからは「いま起きている変化」と「これから」を伺います。宇宙ビジネスは担い手が増え、ミッションも多様化しています。最近、宇宙保険に対する相談の傾向は変わってきていますか?

野村 変わってきています。特にスタートアップ企業の初号機打ち上げに伴い、「打ち上げ前保険」の需要が増加しています。打ち上げの瞬間に目が行きがちですが、その前段階にも組立・輸送・試験・射場保管など地上におけるリスクがあり、そこをどう設計するかというご相談が増えています。
高山 民間企業が主役になるほど、「リスクを自分で管理する」必要が出てきます。保険の役割が「後追い」ではなく、「計画の一部」になっていくわけですね。
野尻 はい。資金調達や事業継続の観点でも、民間企業による人工衛星向けの保険加入が一般化してきています。投資家や取引先に対して、リスク管理の説明責任が問われる場面も増えているようです。
高山 その象徴が「月保険」ですね。従来は地球と地球周辺が中心だったのが、月面着陸という前例の無い挑戦に対して、宇宙保険が支えていますね。
野村 はい。株式会社ispace様と共同開発した「月保険」は代表例です。前例がないからこそ、技術情報を詳細に共有いただきながら、「どこまでいけば成功とみなすか」「どのリスクをカバーするか」を膝詰めで議論し、設計しました。
野尻 月保険は本当にゼロからの挑戦でした。ミッション1では、ロケット打ち上げからランダー(月着陸船)が月面に着陸し、通信の機能が正常に作動して地球とランダーとの間でデータ送受信が行われるまでに損害が発生した場合に保険金が支払われるという条件設計でした。「成功の定義」をどこに置くかで、守れる価値も、引き受けられるリスクも変わります。
高山 宇宙保険は、抽象論ではなく、技術の現実を踏まえた上で「守るライン」を決めているんですね。
野尻 はい。そしてミッション2では、ミッション1の実績を考慮し、より手前の段階で着陸軌道に入るところまでをカバーするなど、ミッションの設計に合わせて保険の形も変わりました。パッケージではなく、すり合わせで臨機応変に決めていく、という宇宙保険の特性が出た例だと思います。

高山 もう一つ、読者の皆さんが「宇宙が地上に降りてきた」と感じやすいのが、スペースポート(宇宙港)向け保険だと思います。
野村 はい。北海道大樹町の「北海道スペースポート」を運営するSPACE COTAN株式会社様に、スペースポート事業者向けの賠償責任保険を提供しています。今後、ロケットの打ち上げが増えれば、見学者や施設管理・運営のリスクも発生します。そうした「場」を守る保険も重要になってきています。
高山 宇宙ビジネスの裾野が広がるにつれて、保険の対象も「モノ(衛星・ロケット)」から、「場所」や「人」にまで広がっているということですね。宇宙保険の提供範囲が、宇宙ビジネスに関わる人だけでなく、社会生活の領域へ接続され始めている証拠ですね。
野村 おっしゃる通りです。今後は再利用型ロケットの着陸失敗リスクに対応した保険、宇宙旅行保険、多数の小型衛星を連携するコンステレーション向けの保険、商業宇宙ステーション時代を見据えた保険など、新しいニーズに応じた商品開発を進めていきたいと考えています。また、宇宙保険の提供だけでなく、北海道でスタートアップ創出の枠組みに参加したり、大阪で宇宙事業への異業種参入を促進するイベントを開催したりするなど、地域と連携した地方創生の取り組みも進めています。
高山 私も地方で講演をすると、運送業や酒屋さんなど、一見宇宙と関係なさそうな方々が、宇宙ビジネスに関心を寄せてくださいます。そうした方々にとって、保険会社が「リスクの可視化」をしてくれることは、宇宙ビジネスへの挑戦に対する大きな安心材料になるはずです。最後に、これは私からの提案でもあります。今後、宇宙の価値が「モノを飛ばす」から「データを使う」へ広がるほど、ハードウェアの故障だけでは語れないリスクが増えます。たとえば、人工衛星からのデータが予定通り取得できず、地上のビジネスが止まる。そうしたデータ利用面での保険は、新たなサービスになり得るのではないかと感じています。
野尻 宇宙ビジネスは歴史的な転換点にあります。これまでになかったミッションが増える中で保険会社側も学び続ける必要がありますし、その分、宇宙ビジネスに挑戦する皆さんの「次の一歩」を支えられる余地も広がっていくと思います。
野村 当社は、単に保険を提供して損害をカバーするだけの存在ではなく、事業者様とともにミッションに挑戦するビジネスパートナーでありたいと考えています。宇宙ビジネスが身近になるほど、安心もまた、より身近な形で提供できる存在を目指していきます。
高山 ありがとうございます。宇宙を「みんなの遊び場」にするには、宇宙ビジネスへの挑戦の熱量だけでは足りません。挑戦を前に進める安心の設計が必要です。宇宙保険は、その設計図を一緒に描く仕事なのだと、今日の対話で実感しました。次回のゲストは、本日お招きした三井住友海上さんからのご推薦を頂きます。次回はどのようなお話が伺えるのか、今から楽しみです。Space Step読者の皆さま、どうぞお楽しみに。
今回の対談で強く印象に残ったのは、宇宙保険に携わる若いお二人が、終始とても嬉しそうに、そして誇らしげに「宇宙」について語ってくださったことです。保険というと堅い世界を想像しがちですが、宇宙保険はむしろ挑戦の熱量に寄り添い、ミッションの成功を現実へと近づける「安心の設計」そのものだと感じました。
宇宙ビジネスが拡大し、技術や関係者が増えるほど、保険が果たす役割は産業の土台としていっそう重要になります。進化のスピードに合わせて保険もアップデートされ続ける――その未来を思い描くだけで胸が高鳴りました。次回以降の対談で、宇宙がさらに身近になっていく瞬間に立ち会えることが、今から楽しみでなりません。
SpaceStepプロデューサー 長谷川 浩和(写真左)