「人工衛星を打ち上げたい」何気なく発したその言葉が、夢の始まりだった。
「宇宙を趣味に、宇宙を仕事に」をテーマにした女性中心のコミュニティ「コスモ女子」。メンバーのほとんどは、業界とは異なる分野で働く会社員や主婦、学生たちだ。専門家不在の彼女たちが一から挑戦した人工衛星「Emma(エマ)」は、様々な苦難を経て宇宙へ飛び立ち、女性コミュニティ初の打ち上げ事例として日本各所に広がっていく。
知識ゼロ、経験ゼロから始まった前代未聞の挑戦は、いかにして現実のものとなったのか。プロジェクトを牽引した、コスモ女子代表の塔本 愛 さんへのインタビューと共に、その軌跡を追う。
お話を伺ったのは
コスモ女子 代表
塔本 愛 さん
株式会社Kanattaが運営する「コスモ女子」は、宇宙に興味を持つ女性たちが集うコミュニティだ。そのメンバー構成は多種多様。小学生から60代まで、会社員、主婦、学生と、さまざまなバックグラウンドを持つメンバーが参加している。特筆すべきは、そのほとんどが宇宙業界の専門家ではないこと。「元々宇宙を専攻していたという方はほとんどおらず、業界未経験ながらも『宇宙が好きで、何かしら宇宙に関わりたい』という想いを持つ方々が参加されています」と、コスモ女子代表の塔本さんは語る。
国として今後宇宙産業を支援していく方向性があること、2030年の達成目標であるSDGs目標5にある「ジェンダー平等を実現しよう」の2つをかけ合わせ、2020年春にコスモ女子が発足
塔本さん自身も、フリーランスの建築意匠設計士として働きながらコミュニティを牽引する。彼女たちの活動は、お菓子作りといった気軽な交流会から、専門家を招いた勉強会、万博での講演、そして人工衛星の打ち上げと幅広い。その根底には、「敷居の高いイメージがある宇宙業界を身近に感じてもらい、『挑戦すればできる』と思ってほしい」という塔本さんの強い思いがあった。それは着実に実を結び、コミュニティでの活動をきっかけに、実際に宇宙関連企業への転職や副業で夢を叶えるメンバーも続々と生まれている。
2025年の大阪万博では、コスモ女子会員である中学生の増田結桜さんが認証取得に取り組む「宇宙食」開発の裏側を語り、こどもたちへのクイズなど、宇宙を楽しく学べるワークショップを実施
壮大なプロジェクトの始まりは、メンバーとの何気ない会話の中にあったという。2020年のコミュニティ発足当初だ。「今後の活動内容を語り合う中で、誰からともなく『人工衛星を打ち上げられたら面白いよね』という声がポロっと出てきたんです」と塔本さんは語る。
その時は打ち上げに必要な予算や手間、そして製造のイメージも全くない。ただ「打ち上げたい」という純粋な思いが共鳴していた。調べてみると、意外にも現実的な予算と手間で叶えられることがわかる。「大学生でも打ち上げているのだから、意外といけるかもしれない」と次第に熱を帯びていくメンバー。しかし情熱だけでは進めないのが宇宙開発のリアルだ。
全く知識が無い状態から、専門家や大学教授の元を訪ねて回った彼女たちは、そこで本質的な問いを突きつけられる。「何のために打ち上げるのか?」と――。
ただ「打ち上げたい」という目的だけでは、与件定義もできないし、協力する企業や大学の賛同は得られない。どんな目的を持ち、衛星に何をさせるのか。「ミッション」の設定こそがプロジェクトの心臓部だった。
そこから約半年、幾重もの議論を重ねて彼女たちがたどり着いたのは、「宇宙に詳しくない人も共に楽しめる衛星」というコンセプトだった。衛星のサイズは1U(10cm×10cm×11.35cm)という小さな規格。その限られた容量の中で、4つのユニークなミッションが考案された。
1.「宇宙絵馬」
クラウドファンディングなどで募集した、Emmaプロジェクト応援者の願い事をデータとして衛星に搭載し宇宙に届ける。
2.「おみくじ」
人工衛星から受信したデータの一部を、コスモ女子のWebサイトに入れることでおみくじ(Emmaからのメッセージ)が引ける。(アマチュア無線で受信できない方は、Xで発信したEmmaの情報を入力する)

3.宇宙から地球の写真を撮影し、地上に届ける
衛星に搭載したカメラで撮影。事前に衛星内に書き込んだプログラムで、写真のNG/OKを自己判断できる(例:真っ暗な写真ならNGで再度取り直し、OKの写真であれば写真データを送信)
※最終的に、写真データ量が重く複数回の司令と受信が必要となり、今回の運用期間では間に合わない結果に
4.「受信チャレンジ」
全国のアマチュア無線家たちに衛星からの電波受信に挑戦してもらう
技術的な挑戦だけでなく、多くの人が関われる遊び心のあるミッション。「宇宙が好き」という純粋な好奇心を持つコスモ女子らしい思いが込められていた。
衛星の名前は「Emma(エマ)」(正式名:CosmoGirl-Sat)と名付けられた。

「衛星の打ち上げって、一般的に壮大で高尚なイメージがあると思います。莫大な予算をかけた国家プロジェクトとして、衛星からのデータを取得し、科学的に大きな目標を成し遂げるといったものですね。でも、衛星打ち上げはもっと身近で、誰にでもチャンスがあると知ってほしかった。それこそ、最初は『飛ばしたい』という純粋な動機でも実現できることを、私たちが証明したいという強い思いになりましたね」と塔本さんは当時を語る。実際、日本でも大学などのアマチュア製造による衛星打ち上げは、報道されているだけでも年に数基存在している。
Emma打ち上げの概要は下記の通りだ。実はアマチュアの小型衛星も国家プロジェクトレベルの大きな衛星も、基本的な流れは一緒だ。
①人工衛星の準備(製造、システム構築、地上テスト)
企業や大学等と連携し、システムの構築から基盤の製造を行う。打ち上げ前には、設計・製造・電気系統や通信系統の試験・振動試験・熱真空試験などが行われ、宇宙環境に耐えられることを確認する。
②ロケットで宇宙空間に運ぶ
小型衛星(今回のような10cm四方のキューブサットなど)は、ISS(国際宇宙ステーション)への補給用ロケット等に相乗りして、ISSにドッキングし宇宙飛行士やロボットアームによって放出される事が主流。国家プロジェクトのような大型衛星は、衛星運搬の専用ロケットで打ち上げ、放出される
③軌道に投入、地球を周回(今回は高度が低いため大気圏へ突入)
ロケットもしくはISSから地球の軌道へ放出。基本的に衛星は地球の引力に引かれつつ、進行方向の速度(遠心力)との釣り合いによって軌道上を自由落下状態で周回する。
人工衛星が回る高度が低い場合、地球の大気による摩擦力の影響をうけ、高度が少しずつ下がり地球に落ちてきてしまう。よって衛星によっては決められた軌道を維持できるように、地球から常に監視している。
※今回の打ち上げは大気圏へ突入する段階で終了となる
宇宙空間への射出は、国際宇宙ステーション(ISS)の日本実験棟「きぼう」に搭載された装置―「J-SSOD」(小型衛星放出機構、JEM Small Satellite Orbital Deployer)から行われる。JAXAが主体となっている当プロジェクトは、審査のうえ選ばれたISS行のロケットへ人工衛星が相乗りし、ISSに到着後、射出するという流れだ。2020年時点で250機以上もの実績があり、民間のものも多い。(参考:JAXA)
今回はJAXA経由でSpaceX社のロケットに搭載し、アメリカの拠点から打ち上げる。

(引用:コスモ女子 Emmaプロジェクト解説資料より)
CubeSat規格(10cm×10cm×10cm)や50kg級超小型衛星などを「きぼう」のエアロックから船外へ搬出し、専用放出機構によって軌道へ投入するための仕組み。日本の衛星技術や民間参入の発展に重要な役割を担っている
ミッションが決まり、プロジェクトが本格的に動き出す。
まず人工衛星「Emma」の製造は、大学や企業による全面的な協力のもと進められた。先述のコンセプトを各所へ伝え、連携を取りながらシステム構築と筐体の製造を依頼する。


その間、コスモ女子のメンバーたちは単なる発注者として待つことはしない。製造と並行して、行政への申請書類も作る必要がある。
しかし、書類に書かれた膨大な専門用語を理解できない。さらに製造工程における、専門家とのやり取りも日々行われる。危機感を感じた一同は、業界用語のインプットを急務とする。「Excelで送られてくる質疑応答が専門的で…。日本語で書かれているのに、一体何を聞かれているのだろう?と感じるほどでした」と塔本さんは当時を振り返る。そこで、メンバーは専門用語の意味を共有するための「用語集作り」から始めることにした。宇宙領域の分厚いガイドブックを分担して調べ、後日集まった際に読み合わせ、学んだことを共有、冊子に集約する。まさに知識ゼロからの地道な積み重ねだった。
もう一つの課題が、Emmaのデータ受信や位置測定に必要となる「地上局(アンテナ)」だ。当初は大学などの既存設備を借りることも検討したが、打ち上げ直後は24時間体制での観測が必要であり、衛星が上空を通過するタイミングは深夜になる可能性もある。そうした不規則な利用に対応してもらうのは難しいだろうという、現実的な問題に直面した。ならば自分たちで作ってしまおうと、活動拠点であるビルの屋上にアンテナを設置。しかし日本国内で地上局の施工業者は限られており、アマチュアの依頼も受けてくれる業者は1社のみであった。

コスモ女子の拠点となっている一室に、電波の受信器を設置し、屋上にアンテナを施工
受信機を紹介する塔本さん。「Emmaとの通信は仕事帰り深夜になることもありました。でも楽しさの方が断然勝ってましたね」と語る(詳細は後編にて)
さらに、コミュニティで一つのプロジェクトを成し遂げることの難しさも浮き彫りになる。コスモ女子のメンバーは皆、本業の仕事や家庭を持っているため、プロジェクトへの関わり方、割ける時間は一人ひとり違う。人工衛星に集中すると家庭が疎かになり、家庭に集中すると人工衛星が疎かになる。そんなジレンマに悩み、プロジェクトを離脱せざるを得なかったメンバーもいた。
塔本さんはプロジェクト全体のディレクションを担いつつも、メンバー間の細やかなケアの重要性を痛感したという。当初は自身で個別に連絡を取ることもあったが、「次第にお互いの得意な領域や状況を理解し、メンバー同士でフォローし合う形に変わっていきました」と振り返る。それぞれの得意領域を活かし、支え合う。そんなチームワークこそがプロジェクトを前に進める原動力となったのだ。
ところが、追い打ちをかけるように、世界中を襲ったコロナ禍が計画に大きな影響を与える。部品供給の遅れなどにより工期は大幅に遅延。計画自体が白紙になりかけるといった状況まで陥ったが、彼女たちは諦めず待ち続け、インプットや別の方法など、自分たちの夢を叶える方法を各自で模索し続けた。結果的に当初の計画から3年以上も遅れたが、彼女たちの熱意と多くの協力者の支えによって、ついに衛星は完成の時を迎える。知識ゼロから始まった挑戦の物語は、いよいよ打ち上げというクライマックスへと向かっていく。