皆さん、こんにちは、宇宙ビジネスナビゲーターの高山 久信です。前回はプロローグとして、私の生い立ちや宇宙ビジネスとの関わり、現在の仕事や思いについてご紹介しましたが、いよいよ今回から多様な業界からゲストをお招きし、皆さんと楽しく「宇宙ビジネス」について探求していきたいと思います。記念すべき第1回のゲストは、ANAグループで宇宙ビジネスに挑む全日空商事株式会社 宇宙ビジネス開発室長 鬼塚慎一郎さんです。2016年に始まったANAグループの宇宙への挑戦。なぜ宇宙に挑むのか、そして宇宙産業の未来をどう描いているのか。早速お話を伺っていきましょう。(ナビゲーター=高山久信/文=SpaceStep編集部)
今回のゲスト

全日空商事株式会社 宇宙ビジネス開発室長
鬼塚 慎一郎さん(写真右)
2002年全日空商事に入社。商社営業、財務、航空機ファイナンスなど多岐にわたる業務に従事したのち、2017年よりANAホールディングスでグループ経営戦略やM&A、空港コンセッション、イノベーション投資などを担当。2018年に宇宙事業化プロジェクトに参画し、人工衛星や関連インフラを軸に新規事業開発を推進するほか、スペースポートジャパン設立発起人理事、PDエアロスペース社の社外取締役も務めるなど、宇宙産業の発展に幅広く貢献している。2025年4月より現職。
ナビゲーター
株式会社minsora 代表取締役 CEO/宇宙ビジネスナビゲーター
高山 久信さん
1954年、大分県豊後大野市生まれ。高校卒業後、三菱電機に入社し、約40年にわたり人工衛星、ロケットや国際宇宙ステーション関連など、日本の宇宙開発利用に携わる。その後、三菱プレシジョンや宇宙システム開発利用推進機構などで宇宙関連事業に従事。2019年に株式会社minsoraを創業し、地域発の宇宙ビジネスや衛星データ利活用、教育・研修事業等を展開。地方から「宇宙を身近に、地域発のビジネスを創る」活動を続け、現在は、日本ロケット協会理事や九州衛星利活用の会副会長として、産業振興に尽力している。
高山 栄えある第1回のゲストは、全日空商事で宇宙ビジネスを統括されている鬼塚 慎一郎さんです。よろしくお願いします。
鬼塚 よろしくお願いします。まさか自分が第1回とは(笑)。でも、このように宇宙ビジネスについて語る機会をいただけるのは、大変光栄です。

高山 鬼塚さんとは2016年、内閣府が主催した宇宙ビジネスコンテストが最初の出会いでしたね。当時、私は財団で宇宙利用推進を担い、また宇宙開発戦略推進事務局の宇宙分野への新規参入を推進する取組みをサポートして、全国各地での宇宙関連イベントに携わり、地域での宇宙ビジネスの可能性を広める活動をしていました。
鬼塚 そうでしたね。私はその時、ANAホールディングス(持株会社)の「グループ経営戦略室」にいました。航空事業だけでなく、グループの将来を見据えた新規事業を検討する部署で、新しい領域への投資や挑戦を考える役割でした。
高山 そのなかでANAグループさんが宇宙へ向かったのは、どのような理由があったのですか。
鬼塚 発想の起点は、ANAグループが抱えていた「構造的な限界」でした。航空ビジネスは、人や貨物を運ぶことで収益を上げるモデルです。しかし、航空機には輸送量という物理的な限界があります。座席数以上に人を乗せることはできませんし、貨物にも制限がある。つまり、質量に依存したビジネスモデルなのです。
高山 運べる量が増えない限り、収益の天井は変わらないということですね。
鬼塚 そうです。付加価値を高める、コストを下げる、その両方に取り組んできましたが、限界があります。ならば、「質量に依存しない収益源」を持つべきだと考えました。その可能性として浮かび上がったのが宇宙と衛星データ活用だったのです。
高山 航空機は、高度1万メートルを飛ぶ宇宙に最も近い移動体ですね。「質量に依存しない収益源」という視点は非常にユニークです。
鬼塚 航空機の位置データ、観測データ、衛星通信……。空を飛ぶ航空機は、宇宙に接続するポテンシャルを持っていると考えました。加えて、ANAグループは「大型アセットを運航し、管理する」ことに長けています。このノウハウは、人工衛星や宇宙関連の大型プロジェクトにも応用できるのではないかと。
高山 航空と宇宙はつながっている。ANAグループさんだからこそできる宇宙への拡張ですね。
鬼塚 実際に、航空機を使ってロケットを空中発射するVirgin Orbit(ヴァージン・オービット)の誘致プロジェクトにも取り組みました。飛行機の翼にロケットを装着し、高高度から人工衛星を打ち上げる。天候にも左右されにくく、離島などでも運用できる可能性があると考えていました。
高山 ヴァージン・オービットは、大分空港を宇宙港として利用するとしていたため、私も大分県での宇宙ビジネスへの機運醸成に向けたセミナーや宇宙講座の提供などに関わらせていただきました。現在も、大分県では宇宙ビジネス創出に向けて挑戦的な取り組みを進めています。
鬼塚 残念ながらヴァージン・オービットの事業停止により空中発射への取組みは、中断となりましたが、ANAグループが「宇宙を本気で事業にする」という覚悟を固めるきっかけとなりました。
高山 その後、ANAグループさんの宇宙事業については、全日空商事が主体となり、2025年4月に「宇宙ビジネス開発室」を設立されましたね。
鬼塚 はい。ビジネスとして実行するためには、商社機能を持つ事業会社が適任でした。事業内容は多岐にわたるのですが、人工衛星を中心とした事業開発が代表的な取り組みの一つです。特に低軌道の衛星は、経済耐用年数が4〜5年と短く、リプレース需要が継続的に発生する市場です。ロケット開発などよりもマネタイズが早いだろうという点も、人工衛星領域に注力した理由です。
高山 航空で培った「ファイナンス力」・「サプライチェーン管理能力」・「安全運航の思想」。この3つは宇宙ビジネスでも非常に価値がありますね。
鬼塚 宇宙ビジネスにおいて重要なのは、「特別な技術を持つこと」ではなく、「事業として成立させる力」です。ANAグループはそこに強みが発揮できると考えています。
高山 宇宙ビジネスは「伸びしろ」があるのは間違いないですが、私は「まだ産業と呼べない」と感じています。理由はシンプルで、宇宙インフラが確立されておらず、産業として、自立した収益構造を持っておらず、国の予算やベンチャーファンドに依存している面が多いからです。

鬼塚 その通りだと思います。宇宙はロマンがありますが、産業として成立させるには「ビジネスとして回る仕組み」が必要です。特に日本は宇宙事業としての法整備や商習慣が整っていません。私たちがヴァージン・オービットを日本に誘致しようとした際も、制度面の壁は大きかったです。
高山 航空機からロケットを発射するために、法制度や手続きの整備が必要だったということですね。
鬼塚 はい。発射地点の法律、飛行許可、衛星運用に関わる国際ルールまで、複数の省庁にまたがる調整が必要でした。航空は航空法、宇宙は宇宙活動法。法律体系も異なる。最初に直面したのは、技術より「法制度」の壁でした。
高山 法制度が整っていないというのは、日本では宇宙を「事業」として扱った経験値がまだ少ないということもあるかもしれないですね。「どの省庁の、どの許可で進めるか」から考えないといけない。そもそもどこに聞いたらよいかわからない、という壁もあるでしょう。こうした点はビジネスを進めるうえで大きな負荷になります。
鬼塚 資金面も大きな課題です。日本の宇宙分野はまだ国の予算に頼らざるを得ないケースがほとんどで、自前で稼いで投資できる構造になっていない。つまり、「産業の定義」に達していません。
高山 収益を上げ、事業として回っている宇宙企業は、日本にはまだほとんど存在していません。
鬼塚 宇宙ビジネスを本当に産業化したいのであれば、ファイナンスが不可欠です。航空産業では、大型アセット(航空機)を運用するために、さまざまな金融スキームを活用して資金を調達します。こうした発想を宇宙にも持ち込むべきだと考えています。
高山 宇宙への投資にも、航空会社で培った資金調達のノウハウが活きる、と。
鬼塚 そうです。加えていうなら、私は「日本の宇宙産業にはM&Aが圧倒的に足りない」と感じています。世界では、ロケット・人工衛星・データ解析がどんどん統合され、垂直統合型モデルが進んでいます。一方、日本は縦割りで、各社がそれぞれ独立してモノづくりをしているケースが多く、せっかくの強みが発揮できないケースも出てしまう。
高山 確かにそうですね。人工衛星製造の世界にも、半導体のTSMC(Taiwan Semiconductor Manufacturing Company, Ltd.)のような受託製造モデルが必要ではないかと思っています。
鬼塚 まさにそうです。強い企業体を作っていかないと世界と戦えません。局所的な技術だけでは勝てませんから。
高山 補助金に依存しすぎる体質も変えなければならないでしょうね。
鬼塚 現在は「宇宙戦略基金」があり、国としても大きな投資をしている段階です。もちろん、不可欠な投資ですが、当然ながら「永遠に続く前提」で考えてはいけません。私はアフターショックが来るのではと危惧しています。

高山 「補助金が切れた瞬間に事業が止まる」リスクですね。
鬼塚 はい。補助金に依存しすぎてしまうと、ベンチャーが自立的な資金調達を行うインセンティブが失われ、ときに「ベンチャーのガラパゴス化」が進んでしまいかねません。もちろん補助金は必要です。ただ、それが「唯一の資金源」では産業にはなりません。補助金を引き金・呼び水に、民間資金を呼び込める事業モデルを作るべきだと思います。
高山 法制度・商習慣・資金調達。あらゆる面が産業としての成熟度に関わってきますね。そしてそれが宇宙ビジネスの壁にもなる。
鬼塚 はい。私たちはANAグループの「アセット運用とファイナンス力」を使い、この壁を乗り越えようとしています。宇宙を「投資対象として成立する事業」にする。それが、私たちの責務だと考えています。
高山 今、宇宙ビジネスの担い手として、どんな人材が求められているのでしょうか。
鬼塚 誤解されがちですが、宇宙に詳しい人だけが必要なわけではありません。むしろ、宇宙「以外」の経験を持った人が必要です。現在の宇宙業界は、研究開発の経験者は多いのですが、産業を成立させる「マネジメント」や「ファイナンス」の経験が圧倒的に不足しています。
高山 確かに「産業として回す力」は不可欠ですね。プロジェクト全体を統括するプロジェクトマネージャーや、生産管理(プロダクションコントロール)の経験がある人などは宇宙産業においても活躍できそうです。ダム建設でも、船の製造でもいい。大型のプロジェクトを期限内に、予算内で動かした経験が、そのまま活きる分野です。
鬼塚 私たちの宇宙開発室のメンバーも、宇宙の知識を持っていた人が決して多いわけではありません。実際必要となるのは「事業として成長させるビジネススキル」です。そう考えると、誰でも宇宙に関わるチャンスは広がると思いませんか。
高山 「宇宙人材」という言葉が、参入障壁になっているのかもしれませんね。
鬼塚 確かにそうですね。「宇宙人材」というラベルを貼った瞬間に、「自分ごと」ではないと感じてしまう人が増えてしまう。日本の教育で「理系」「文系」が明確に分かれてしまっていることも影響しているかもしれません。ビジネスの現場では、実はその垣根は曖昧ですし、両方の知識が求められます。仮に文系であったとしても、必要な知識を学んでいけば、ビジネスをする上で必要な技術の本質は理解できます。
高山 宇宙だからといって、特別である必要はないですよね。
鬼塚 その通りです。あえて極端な表現をすると、人工衛星も本質は携帯電話とほとんど同じです。異なるのは、宇宙環境での試験や品質保証が必要な点だけ。日本の高い技術力でれば、地域の中小企業の技術も、十分に衛星部品に転用できる可能性があります。だからこそ、技術を持った企業にはどんどん参入してほしいですね。
高山 鬼塚さんが宇宙ビジネスについて考える際に「江戸時代にタイムスリップする」という話をされていますよね。SpaceStep読者にも紹介していただけますか。
鬼塚 簡単に言うと、「常識を一度ゼロにする」思考法です。たとえば、自分が江戸時代にいると想像してみてください。スマホも電車もない世界です。その状況で考えてみる。「この人たちに、どんな情報を渡したら、生活が便利になるだろう?」と。
高山 なるほど、常識や前提を、一度すべて外してみるわけですね。
鬼塚 そうです。純粋に宇宙がもたらしてくれる「価値」にフォーカスし、誰のどのような課題を解決できるかを考える。そのときに必要なのは専門知識だけではなく、発想力です。発想を転換してみることで、宇宙ビジネスがまた違った側面から見えてくるかもしれませんよ。
高山 鬼塚さんのお話を伺い、改めて「宇宙は特別な人だけのものではない」と感じました。本連載のタイトルで、私自身のポリシーでもある「宇宙をみんなの遊び場に」は、宇宙をもっと面白がって使う文化を広げたい、という思いそのものです。人工衛星を作ることも、衛星データを活用することも、研究のためだけではなくていい。エンタメでも、学術でも、地域課題の解決でも、地球上で価値を生み出すことが目的です。最後に鬼塚さんに教えていただいた「江戸時代にタイムスリップする」視点は、まさにその発想と重なります。宇宙を難しく考えず、自由に発想すること。そこに新しい宇宙ビジネスの可能性があると感じました。
鬼塚さん、本日はありがとうございました。宇宙を「遊び場」にする挑戦、ここからさらに広げていきましょう。
鬼塚 ありがとうございました。今後も、宇宙を「遊び場」にする仲間としてご一緒できれば嬉しいです。
宇宙ビジネスナビゲーター高山久信さんとお届けする本連載。ゲストを迎えた初回からとても熱い議論が交わされました。2016年から続く高山さんと鬼塚さんのご関係。利害を超えて「宇宙を面白くしたい」と語り合ってきたお二人の距離感は、まるで戦友のように感じました。
大型アセットの安全運用やファイナンスのノウハウなど、「技術以外の力」が宇宙でこそ発揮されるという鬼塚さんのお話は、とても示唆に富んでいました。宇宙産業の未来を考える上で、宇宙に詳しいだけではなく、「事業として成立させる力」が必要であることを改めて実感しました。
対談の流れで「次回のゲストは今回のゲストが指名する」という形式が自然と決まりました。宇宙を「遊び場」と考えるこの連載らしく、とても自由で楽しいバトンリレーです。次にどんなゲストのお話が伺えるのか、私も今からワクワクしています。次回もぜひご期待ください。
SpaceStepプロデューサー 長谷川 浩和(写真左)