SpaceStep創刊を記念して行われた同対談。前編では、日本の宇宙産業が抱える構造的な停滞──ロケット、人工衛星、利用者が互いに動けない「デッドロック」や、研究開発中心の「シーズ起点」から、現場の課題に寄り添う「ニーズ起点」への転換の必要性が語られた。後編では、なぜ今、日本企業に大きなチャンスが訪れているのか。アジアが伸びるとされている市場について、経済産業省が力を入れている重点分野、そして宇宙ビジネスに挑戦するための具体的な道筋に迫る。(文=SpaceStep編集部)

経済産業省 製造産業局 宇宙産業課 課長
高濱 航さん(写真左)
2002年に経済産業省に入省。早稲田大学理工学部卒業後、カリフォルニア大学サンディエゴ校大学院を修了。これまでに情報機器政策、エネルギー政策、G7気候変動交渉など幅広い政策分野を担当し、欧州勤務や大分県への出向経験も持つ。特に大分では宇宙港構想に関わり、地方からの宇宙産業振興にも取り組んできた。2024年7月、組織再編に伴い新設された宇宙産業課の初代課長に就任。宇宙戦略基金の活用、宇宙経済圏の形成、人材育成、企業連携を推進し、「日本はもっと宇宙でできる」との信念のもと宇宙産業の成長を牽引している。
宇宙ビジネスナビゲーター / 株式会社minsora 代表取締役社長
高山 久信さん(写真右)
1954年、大分県豊後大野市生まれ。高校卒業後、三菱電機に入社し、約40年にわたり人工衛星、ロケット、国際宇宙ステーション関連など、日本の宇宙開発を牽引。その後、三菱プレシジョンや宇宙システム開発利用推進機構などで宇宙関連事業に従事。2019年に株式会社minsoraを創業し、地域発の宇宙ビジネスや衛星データ利活用、教育・研修事業を展開。地方から「宇宙を身近に」する活動を続け、日本ロケット協会理事としても産業振興に尽力している。
高山 なぜ今、日本の企業が宇宙産業に挑戦する「絶好のタイミング」なのか。市場規模の視点から考えていきましょう。
高濱 世界の宇宙市場は民間調査会社の試算で約50兆円。それが2030年代には約100兆円規模に達すると予測されています。年平均成長率(CAGR)は約9%。半導体産業は世界でも有数の成長産業ですが、その成長率は6~8%。つまり、宇宙市場は半導体と同等か、それ以上のスピードで伸びているということです。

高山 宇宙は数字でみても、成長している産業ですね。
高濱 そしてもう一つ。市場がアジアへ移動しているという事実です。現在、宇宙市場のうちアジアが占める割合は18%ですが、10年後には22%まで拡大するとされています。欧米中心だった市場でしたが、アジアの存在感も増していく。アジアには解決すべき社会課題が多く、気候変動、防災、農業効率化、都市インフラなど、衛星データを使う理由がある。そして、日本は地理的にも文化的にもアジアと非常に相性がいい。

高山 「現場を起点に課題を解決する」強みがそのままアジア市場でも生きてきそうです。
高濱 日本の製造業は、宇宙産業において大きな強みを発揮すると思っています。まずは技術的な「信頼性」。 JAXAを中心に、約70年間かけて積み上げてきた宇宙技術は、世界的に高い信頼性を持ち、国際的にもその技術力の高さが認められています。
また、質の高い「ものづくり力」も大きなアドバンテージです。日本は、半導体、自動車、家電などの産業で培ってきた「質の良いものを一定の品質で作り上げる」製造技術において、国際的な評価が非常に高いです。この「ものづくり力」は、大企業だけでなく、中小企業を含めて製造基盤全体に根付いている。他の国はその土台すらもない状況にあるなかで、日本が大きな存在感を出すことができると思います。

高山 日本の企業は、新しいサービスを作る能力も高いと評価されています。これは、宇宙産業が宇宙からのデータを使ってサービス産業を含めて発展していく上で大きな強みとなりますね。(前編で)ご紹介した大分県玖珠町の「宇宙米 くす天空の輝き」プロジェクトもその一つの例と言えるでしょう。
「宇宙米 くす天空の輝き」で私がやりたかったことは、「衛星データ有りき」ではありません。地域課題を解決するためのツールとして使う事により、農家の方々だけで無く、地元のICT企業の参画につながりました。既存の日本の産業基盤と宇宙技術を組み合わせることで、ベテランの農家の方が持っている知見をデータ化できることに繋がりました。このような新しい価値を生み出す力は、日本の大きな強みになるでしょう。
高山 経済産業省では3つの重点分野を掲げていますね。
高濱 はい。一つ目は「アジアにおける宇宙経済圏の構築」。日本がリーダーシップを発揮してアジア圏内での宇宙ビジネスやサービスの展開・基盤作りを強化することを目指します。二つ目が「新たな宇宙ビジネスの開拓」。従来の枠組みにとらわれず、データ利用や異産業連携を含めた多様なビジネス創出を重視しています。そして三つ目が「世界で戦える宇宙機器産業への変革」です。日本発の部品・機器・人工衛星などの分野でグローバル競争に勝てるよう、産業基盤やサプライチェーンを強化・変革することが不可欠です。

そのための課題の一つが「品質基準の多様化」です。用途が観測目的ならA基準で良い、試験衛星ならB基準でも良い、といったように複数の基準を設定し、企業が最適品質で参入できる仕組みを作るといったことも必要でしょう。
高山 品質に加えて、もう一つボトルネックがあります。試験設備です。真空チャンバー(装置内部を真空にするための容器)や振動試験設備などの設備投資には多額の費用が必要ですが、地域の産業技術センターにはすでに国が整備した設備があります。これを中小企業が使いやすくするだけで、参入企業は増えるはずです。
高濱 まさにそこです。国としても、試験インフラの共用ルールを整備し、企業が設備投資のリスクを抑えて、参入できる環境を作っていきたい。
高山 経済産業省の支援によって、企業は「宇宙を目指せるようになる」訳ですね。
高濱 宇宙はもはや「特別な領域」ではありません。製造業、サービス業、スタートアップ。どんな企業にもチャンスがあります。国家事業と民間事業が一体となることで、拡大を続ける宇宙インフラを持続的に構築していくことができるでしょう。

高濱 宇宙産業を動かす何より重要なのはやはり「人」ですね。技術でも資金でもなく、挑戦する「人」が産業を動かすのではないでしょうか。
高山 宇宙分野には多くのチャンスがあるのに、「自分ごと」として捉えられていない人がまだまだ多く本当にもったいないと感じます。宇宙は専門家だけの世界だと思われがちですが、実際には地域のものづくりを活かせることができますし、宇宙からのデータを使ったサービスは、DXサービスです。宇宙環境に耐える部材の選定や試験は必要ですが、生産プロセスやデータ利用は既存のビジネスとつながる「入り口が無数にある産業」です。
高濱 重要なのは、「宇宙に詳しいこと」ではなく、「課題と技術をつなぐ力」だと思います。地域や企業が直面している課題を理解し、そこに宇宙データや宇宙技術をどう適用するかを考える。そういうコーディネーター役が圧倒的に不足している。
高山 まさに私が「宇宙ビジネスナビゲーター」を名乗っているのも、その点を課題に感じているからです。

高濱 だからこそ、内閣府では今年、宇宙産業へ参入しようとされる方向けの標準的な指針として「宇宙スキル標準」を公開しました。
ロケットや人工衛星などの研究・開発・製造・運営などで働く方々が身につけるべき、加工、設計、プログラムマネジメント、マーケティングやデータ分析など、宇宙産業を支える多様なスキルが整理されています。つまり、宇宙は専門化された閉じた世界ではなく、あらゆる職種が参入できる開かれた産業になりつつあります。
高山 衛星データは、私は「石油の原油」に例えることができると考えています。原油は、そのままでは黒い液体です。精製技術が発達して、ガソリンからプラスティックや衣類など生活になくてはならないものになっています。衛星データも同様で、そのままでは、地球の状態が含まれたデータです。それを解析し、加工・見える化し、DXデータとしてサービスとして届ける人が必要です。だからこそ、「農業×宇宙」「観光×宇宙」「物流×宇宙」などのように、異分野と掛け合わせて、いろんな分野で価値を生む時代です。
高濱 ローカルで始まった取り組みが、気づけばグローバルに広がることも珍しくありません。
高山 私自身、熊本県の天草で衛星データを使った海のデータ化したデータの活用拠点をつくる取り組みを進めています。自然資本をデータ化することで、新しい産業が生まれる可能性がありますし、国際的な学術拠点になる可能性もあります。地域の挑戦が、宇宙ビジネスの未来につながる。そんな感覚を持っています。
高濱 位置情報のインフラである準天頂衛星「みちびき」も、海外展開を含め大きな潜在的な可能性を持っています。2026年度から、日本のインフラとして、米国のGPSと同様の信号や日本独自のセンチメートル級高精度衛星測位信号などの提供が本格稼働します。みちびきは、オーストラリアや東南アジアを含めた広域展開ができるものです。海外とも連携して、衛星測位情報が「社会インフラ」として広く提供され、新たな利用が拡大する未来が期待できます。

高山 日本発の衛星測位インフラがアジアの物流やモビリティを支える。わくわくする話ですね。宇宙ステーションや月面基地に人が暮らし「町」になる時代が来ると言われています。その時必要になるのは、宇宙飛行士だけでは有りません。理髪店、シェフ、カフェ、バーテンダー、新聞配達──あらゆる職業が宇宙に行くことになります。
高濱 宇宙が「特別な場所」から、「仕事の場所」へと変わる日が来る。だからこそ、必要なのは、専門知識よりも、最初の一歩を踏み出す勇気だと思っています。
高山 宇宙は遠い未来ではなく、いま動き出している現実です。「自分には関係ない」と線を引くのではなく、「自分なら何を変えられるだろう」と考えるところから、すべてが始まります。まさに、SpaceStepのコンセプトのように「宇宙ビジネスを身近に」し、皆さんに最初の一歩を踏み出してほしいですね。
高濱 宇宙は、挑戦する人すべてに開かれています。今回の対談が、皆さんに少しでも勇気を与えるものになったなら嬉しいです。この産業の未来を、一緒につくっていきましょう。
高山 頑張りましょう。
『SpaceStep』創刊を記念した今回の対談は、まさに「宇宙ビジネスを身近にする」というメディアの使命を象徴するものでした。ロケットや衛星の話にとどまらず、産業・地域・人材といった現場のリアリティに触れ、宇宙が将来の「夢」ではなく、「すでに動き始めている現実のビジネス」であることを強く実感しました。
特に印象的だったのは、宇宙産業が「特別な人のもの」ではなく、あらゆる人にチャンスが開かれた成長分野だということです。農業、物流、観光、製造業──既存産業との掛け合わせで価値が生まれるからこそ、私たち一人ひとりに参入の余地がある。この視点に触れ、未来への確かな可能性を感じました。
『SpaceStep』の幕開けにふさわしい濃く熱い対談となり、私自身、強い勇気と確信を得ました。宇宙産業が日本の強みに変わっていく瞬間を、皆さんと一緒に見たい。そして、その未来の一助となれたら、これほど幸せなことはありません。高濱さん、高山さん。これからもSpaceStepに温かなご期待とご助言をいただきながら、ともに「宇宙ビジネスを身近に」していければと思います。
そして、この記事を読んでくださった読者の皆さん。SpaceStepは、あなたと共につくるメディアです。気づき、疑問、期待──ぜひ声を届けてください。共にこのメディアを育て、宇宙産業の未来を広げていきましょう。
SpaceStepプロデューサー 長谷川 浩和(写真左)
