
宇宙産業は今や急成長するグローバル市場として注目されている。保守的な試算でも2030年に100兆円、2040年には170兆円に拡大するとされ、広告産業や鉄鋼業に匹敵する規模に迫る。本連載第2回では、こうした成長を支える「メガトレンド」に焦点を当てる。安全保障、デジタル化とAI、そしてサステナビリティ。世界を動かす三つの潮流が宇宙ビジネスの拡大を後押ししている現状を探る。(文=SpaceStep編集部)
教えてくれたのは

株式会社三菱UFJ銀行
サステナブルビジネス部 イノベーション室 室長
橋詰 卓実さん

三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社
コンサルティング事業本部 兼
イノベーション&インキュベーション部 副部長 プリンシパル
山本 雄一朗さん
宇宙産業の市場規模は、ここ数年で加速度的に拡大している。三菱UFJリサーチ&コンサルティングの試算によれば、現在およそ68兆円規模にあるこの市場は、2030年には101兆円、2040年には170兆円へと拡大する見込みだ。
この数字は単なる夢物語ではなく、すでに各国の投資や産業政策に裏付けられた現実的な予測である。特筆すべきは、この数字があくまで「保守的な」前提に基づいて算出されている点だ。例えば、世界経済フォーラムが示す見積もりでは2035年に1.8兆ドル規模とされており、同社が予測する数字の2.5倍に達する。つまり、現状見えているよりもはるかに大きな市場が形成される可能性があるといえる。
他産業とのグローバルにおける市場規模比較(三菱UFJリサーチ&コンサルティング資料より引用)
この市場の大きさをより実感するには、他産業との比較が分かりやすい。2030年時点での広告産業(メディア産業)の規模と肩を並べ、2040年には鉄鋼産業を超えると予想されている。これらはいずれも人々の暮らしや社会を支えてきた身近な産業であり、そこに宇宙産業が並び立つことは、宇宙が単なる科学探査や夢の世界にとどまらず、現実の社会基盤として不可欠なものへと変貌している証左である。
さらに、宇宙産業の成長を牽引するのはアップストリーム(ロケットや衛星など宇宙空間におけるインフラをつくる)ではなく、むしろダウンストリーム(宇宙空間に構築された空間をつかう)領域にある点が特徴的だ。「衛星データや通信、測位といった分野は、すでに地上の産業や社会生活に浸透し、利用者の裾野が広がっています」(橋詰さん)
スペースX社がKDDI等と組んでいるように携帯電話と衛星が直接つながり消費者の利便性を向上させる時代は既に実現しており、防災や農業、物流など幅広い分野でも宇宙由来のデータや技術が活用されつつある。この成長構造は、利用者が増えれば増えるほど市場が拡大し、それがアップストリームに資金を還流させる循環を生み出している。
宇宙産業の領域別市場規模(三菱UFJリサーチ&コンサルティングの資料より引用)
山本さんは「宇宙は歴史ある産業の側面を持ちながらも、新しく革新されていく領域が数多く残っており、これから考えるべき課題や面白さがたくさんある」と語る。つまり、宇宙産業は成熟した分野というよりも、むしろ新興産業としての成長余地を大きく残したまま急拡大している。この市場の潜在力を正しく把握することは、どのような産業であれ今後の戦略を考える上で不可欠である。
宇宙産業の市場拡大を支える背景には、三つの大きなグローバルな潮流、いわゆる「メガトレンド」がある。第一に、安全保障である。地政学リスクの高まりを背景に、各国は航空宇宙分野への防衛予算を急増させている。橋詰さんは「GPSやドローンももともとは防衛領域の技術だった」と指摘し、軍事技術が平時に転用され、民間市場を広げる構図が宇宙分野でも進んでいると解説する。今や宇宙は安全保障の最前線であり、その投資が産業の裾野を広げている。
宇宙産業成長の背景となるメガトレンド①(三菱UFJリサーチ&コンサルティング資料より引用)
第二の潮流はデジタル化とAIの進展だ。宇宙技術は、データ取得や通信といった領域でDXと極めて親和性が高い。山本さんは「宇宙はDXやESGと深く結びつき、地上の課題解決に直結する」と強調する。例えば、衛星によるメタンの排出監視は環境問題に直結し、森林のカーボンクレジット管理はサステナビリティ経営を支える基盤となる。また、能登半島地震の被災状況を迅速に把握したように、防災・減災の分野でも宇宙技術の有用性が実証されている。
第三の潮流はグローバリゼーションの終焉である。橋詰さんは「今や世界はローカライゼーション、あるいは同盟国間での経済圏形成へと移行しつつある」と述べる。
宇宙産業成長の背景となるメガトレンド②(三菱UFJリサーチ&コンサルティング資料より引用)
国際的な供給網の不安定化に直面し、各国は自国内で製造・運用を完結させる方向に舵を切っている。宇宙産業も例外ではなく、経済安全保障の観点から各国が投資を強化し、産業政策として宇宙を重視するようになっている。こうした三つの潮流が交差することで、宇宙産業は拡大のスピードをさらに加速させている。
山本さんは「宇宙産業はF1のような最も高度な技術競争の世界であるといえ、コストの大きさや要求精度を踏まえても勝者に全てが集中しやすい」と述べる。標準を握った企業が世界市場を独占する構造は、宇宙産業が、他の製造業以上にグローバル競争の影響を強く受けることを意味する。その中で、日本がどのように強みを発揮し、ダウンストリーム領域での存在感を築けるかが問われている。
こうした市場拡大とメガトレンドの流れは、日本企業にとっても大きなチャンスとなる。宇宙産業は一般に参入障壁が高いと見られがちだが、山本さんは「実態は人材不足で、新規参入を歓迎する『ウェルカムモード』にある」と語る。やらなければならないことと実際にできることの乖離が大きく、多様なプレイヤーの参加を必要としているのが現状だ。
第1回でも紹介した通り、宇宙分野では町工場が衛星プロジェクトに部品提供や製造で加わるといったケースが現実に存在する。さらに、医療や自動車、航空といった精密性が求められる産業に携わる企業は、宇宙の基準に対応できる適性を持つ可能性が高いとされる。宇宙分野での実績は、その企業にとって強力なブランド力となり、地上の事業にも好影響を及ぼす。
また、「宇宙事業は採用や人材ブランディングの面でも有効」と語る山本さん。通常、採用が極めて厳しくなっている若手人材や技術者らにとって「宇宙に携わっている企業」という事実は大きな魅力となり、優秀な人材確保に直結するとよく耳にする。加えて、金融機関や自治体の支援も広がっており、MUFGをはじめとする金融グループが投資やネットワークを通じてバリューチェーンを支える取り組みも進む。
橋詰さんは「産業の定義を再構築し、社会システムとの接点を広げることが市場拡大につながる」と語る。宇宙産業はもはやロケットや探査にとどまらず、地上社会の課題を解決し、持続可能な未来をつくるインフラへと変貌している。日本企業がこの大きな潮流をどう自らの戦略に組み込み、グローバル市場で存在感を発揮するかが、次の成長を左右するのである。
次回「第3回:日本は世界に押され気味?」へ続く