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2025.11.26

現代版ロゼッタストーン、月へ。消えゆく文化遺産を宇宙に記す新たな挑戦

 

(引用元:PR TIMES

もし未来の文明が私たちの時代を発見したとき、何が残っているだろうか。この壮大な問いに、宇宙技術が新たな答えを提示した。日本の宇宙ベンチャー株式会社ispaceの欧州法人が、ユネスコの言語・文化遺産を刻んだ記憶ディスクを月面に輸送する契約を締結したのだ。手掛けるのは、米国の革新的なプラットフォーム企業Barrelhand。数百万年の時を超えるこの記憶媒体は、人類の歴史と文化を、地球という揺りかごの外へと送り出す。これは、宇宙開発が新たな役割を担い始めたことを示す象徴的な出来事だ。

数百万年を超える記憶、ニッケルに刻むナノレベルの超高密技術

今回、ispaceの小型月面探査車(マイクロローバー)に搭載され、月の南極を目指すことになったのは、「Memory Disc V3」と名付けられた記憶ディスクだ。直径19mm、重さわずか1.7グラムのこの小さな円盤には、人類の叡智が凝縮されている。その秘密は「ナノフィッシュ」と呼ばれる超微細加工技術にある。


(引用元:PR TIMES

この技術は、ディスクの原材料であるニッケルの表面に、顕微鏡レベルの超高解像度で情報を刻み込むものだ。その密度は最大13万DPI(ドット・パー・インチ)にも達し、わずかな面積に約4GB分もの情報が刻まれている。ディスクに記録されるのは、ユネスコが保存を目指す、消滅の危機にある先住民族の言語などの文化遺産だ。


(引用元:PR TIMES

特筆すべきは、その驚異的な耐久性にある。ニッケルという素材は、放射線や極端な温度変化、真空といった宇宙の過酷な環境に極めて強い。紙や一般的なデジタルメディアとは異なり、物理的な劣化がほとんどなく、数百万年単位での長期保存が可能とされている。さらに、このディスクに刻まれた情報を読み解くのに、電力や複雑なデジタル機器は必要ない。光学的な拡大装置、つまり未来の顕微鏡さえあれば誰でも情報を読み取ることができるのだ。


(引用元:PR TIMES

Barrelhandの共同創業者Michael Sorkin氏は「このディスクは、アーカイブと同時に橋渡しの存在となるよう設計された」と語る。まさに、古代エジプト文字解読の鍵となった石碑のように、現代の記憶を未来の文明へと伝える「現代版ロゼッタストーン」と呼ぶにふさわしい技術だといえる。

なぜ宇宙へ運ぶのか、消えゆく言語を守る人類の新たな方舟

ユネスコによると、現在世界で使われている約6,700の言語のうち、40%が消滅の危機に瀕しているという。その大半は先住民族の言語であり、一つの言語が失われることは、そこに根付いた独自の文化や知識体系が永遠に失われることを意味する。この深刻な問題に対し、国連は「国際先住民族言語の10年」を制定し、国際社会全体での保護を呼びかけている。

今回のプロジェクトは、この地球規模の課題に対する一つの答えだ。ispace EUROPEのCEO、Julien-Alexandre Lamamy氏は「人類が宇宙を探査するにあたって、私たちは技術だけでなく、物語や価値観、そして文化遺産も携えていく必要があります」と語る。宇宙開発は、もはや技術的なフロンティアの開拓だけを目的とするのではない。人類の文化的な遺産を、災害や紛争といった地球上のリスクから切り離された安全な場所=月に保存し、未来へと継承するという新たな役割を担い始めているのだ。

ユネスコの広報・情報担当事務次長であるTawfik Jelassi博士も「いかなる言語も、そしていかなる文化も、この意義深いプロジェクトから取り残されることのないよう尽力しています」とコメントを寄せ、この取り組みへの強い期待を示した。

ispaceのマイクロローバーがこの小さな記憶のディスクを月の南極に届けることは、単なるペイロード(月へ運ぶ積荷)の輸送にとどまらない大きな意味を持つ。それは、まさに人類の多様な文化を乗せた「方舟」が、静かなる大地にその礎を築く歴史的な瞬間となるだろう。