
2026年2月5日、アニヴェルセル みなとみらい横浜で「神奈川宇宙サミット2026」が開催された。キーノートセッションに登壇したのは、日本を代表するレジェンド宇宙飛行士の土井隆雄さんと野口聡一さん。この日のテーマは「リーダーシップとフォロワーシップ」。極限環境で任務を遂行してきた二人は、リーダーを“役職”ではなく“役割”として捉え、信頼と柔軟性を軸に語り合った。宇宙の現場から、ビジネスにも通じるチームの要諦を考察する。(文=SpaceStep編集部)
神奈川宇宙サミット2026は、神奈川県などが主催する大規模な宇宙ビジネスカンファレンスで、宇宙産業・宇宙ビジネスの最前線を発信することを目的としたイベントだ。首都圏自治体としては初の大規模宇宙ビジネスカンファレンスで、国内最大級規模を誇る。
会場は多くのビジネスパーソンが足を運び熱気に包まれていた
注目のキーノートセッションの冒頭、モデレーターを務める日本テレビの辻岡義堂さんが登壇者を呼び込むと、会場は大きな拍手に包まれた。宇宙飛行士 土井隆雄さんはステージに姿を見せ、野口聡一さんはオンラインで参加。土井さんは冒頭「実家が茅ヶ崎市にあるんです」と神奈川に縁があることを説明し、会場の空気がほどけた。

宇宙飛行士 土井隆雄さん
土井さんはまず、日本の有人宇宙開発の歩みを振り返った。1985年に土井さん、毛利衛さん、向井千秋さんが第1世代として選抜され、宇宙での技術獲得を段階的に積み上げてきたこと。1992年の毛利さんのフライトでは材料実験、1994年の向井さんのフライトでは生命科学実験、そして1997年の自身の初フライトでは船外活動技術の獲得を目指したこと。こうした積み重ねが、2008年の国際宇宙ステーション(ISS)「きぼう」日本実験棟の完成につながり、野口さんら第2世代、現在の第3世代へと受け継がれていったという。
スライド提供:JAXA
ISSの運用は、多国籍で巨大なシステムを動かす営みである。土井さんは、全長約110メートルに及ぶトラス構造、サッカー場規模の面積を持つ大構造物を宇宙空間で建設し、運用している事実を示しながら、チームワークが「きれいごと」では済まない現場だと語る。閉鎖環境で、危険と隣り合わせの空間で、チームはどう成立するのか。その問いに対して、土井さんが重要だと語ったのは「信頼」だった。
「『僕は君に僕の命を預けることができるか』『君は僕に君の命を預けることができるか』。そのぐらい深い信頼感を作る必要があるのです」(土井さん)

土井さんによれば、長い訓練期間で重要なのは、特別な訓練メニューよりも、日々の共同生活の中で「この人となら最後まで行ける」という確信を積み上げることにある。判断が遅れれば事故につながる。気遣いが過剰でも機能が落ちる。互いの癖や弱点まで含めて把握し、言いにくいことも言える関係をつくる。信頼は、最初からある前提ではなく、設計し、育てるものだという前提が共有された。
では、そのチームで「リーダーシップ」と「フォロワーシップ」はどう位置づくのか。土井さんの答えは明快だった。宇宙のチームでは、役割は固定ではない。フェーズや状況によって、主導すべき人が入れ替わる。たとえば打ち上げまでの段階では指揮系統が明確でも、宇宙到着後の船内セットアップのように、特定の担当が主導した方が合理的な局面がある。土井さんは、自身がリーダーシップを取った具体例として、スペースシャトルが軌道上に到達した後の内部セットアップを挙げ、「そのときは私がリーダーシップを取って行いました」と説明した。

この「役割の流動性」を機能させるには、互いの専門性と責任範囲が明確であることが欠かせない。辻岡さんが「判断に至るまでのプロセス」を問うと、土井さんは船長(コマンダー)と話し合いながら、誰がどの局面で主導するかを決め、仕事を明確にしていくと語った。固定化した上下ではなく、目的に合わせて最適配置を都度選び直す。その前提として、先ほどの「命を預けられるか」という信頼が必要になる。役割の切り替えは、信頼があって初めて成立する“運用”なのである。
野口さんも、この点を別の角度から語った。
「フォロワーシップを『言われたことに盲目的に従うこと』と誤解すると、チームは簡単に壊れてしまいます。重要なのは、同じ目標に向かって意見を出し合い、必要なら止めることです。宇宙の現場では、黙って従うことは安全ではありません。フォロワーは受け身の存在ではなく、チームの健全性を保つ“機能”として求められるわけです」(野口さん)
オンラインで出演した宇宙飛行士 野口聡一さん
議論の中盤、土井さんが紹介したのは、京都大学で取り組む「有人宇宙学」という新しい学問体系の構想である。